2、黒人と音楽
もともと文字がなかったアフリカでは、文学・音楽などが未分化で口承によってそれらを伝える世襲の「語り部」がいた。日本の古代もよく似たものがいた。
その人は族長の伝達、記念する出来事、儀式などに歌を聞かせる仕組みであった。この語り部を「グリオ・Griot」という。
このグリオが代々引き継いできたメロディーやリズムなどがアメリカの黒人奴隷に引き継がれフィールド・ハラーや後のブルースになったと考えられる。
1、フィールド・ハラーとワーク・ソング
簡単に言うと、この音楽は、奴隷としての厳しい共同作業を力づけ、精神的な苦痛を和らげるため、みんなで声をだして歌ったものである。
フィールド・ハラーはもともと一人で歌うもので自由な、訴えかけるような節回しでゆったりと歌われ、裏声やメリスマ(歌詞の一音節に対しいくつかの音符を当てる歌い方)など装飾音を多く使っている。
これに対しワーク・ソングは集団で歌う労働歌で、作業のリーダーが先導する「歌の一節」で仲間をリードし、仲間はそろってリズミカルに歌う、いわゆる「コール・アンド・レスポンス」というスタイルをとることが多い。
奴隷制度の200年も前に黒人が歌われていたこのような歌がそのまま聴けることはないが、歌い継がれた伝統的なフィールド・ハラーを2つ紹介する。
http://www.youtube.com/watch?v=ajSEpNj21Cs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=isEJIYD7M9g
2、黒人霊歌
白人にこき使われる奴隷としての生活はまことに惨めなものであった。しかし彼らの精神的な救いとなったのは、主人の宗教であるキリスト教であったというのは皮肉な話である。主人の白人もそれを利用したと思われる。
彼らが頼みとしたのは、キリスト教の言う「死後の世界の完全に精神的な幸福」である。その教えに次第に感化されていく。聖書には迫害されたユダヤ人が神の恩寵によって救われていく話が多くあり、彼らはそれを自分らの境遇に重ねたのである。
具体的には牧師の説教を通じて聖書を学んだのであるが、音楽感覚の鋭い黒人たちはその学んだことに対する表現を「歌やリズム」としてあらわした。
彼らのもともと持っている音楽にヨーロッパの讃美歌を重ねあわせ、聖書の教えを身近な事例に置き換えて歌詞を作り、労働の終わりの野外集会などで歌った。「黒人霊歌」の始まりである。
ここでは有名な「Deep Rever」を紹介します。
http://www.youtube.com/watch?v=qyTqTqNDoeo
これも古い黒人霊歌です。「My Good Lord Done been Here」
http://www.youtube.com/watch?v=sf2T0arXfmo
これから発展したスピリチュアル系の音楽も貼っておきます。「Swing Low Sweet Chariot」他、
http://www.youtube.com/watch?v=mxRCefkVBr8
http://www.youtube.com/watch?v=nFMaiyRuD6w
http://www.youtube.com/watch?v=8eiI52WluF0
3、18・19世紀の北米の音楽
1、初期の音楽
最初のアメリカポピュラーソングはヨーロッパ各地の民謡や労働歌を原曲とするものが多い。
アメリカのもっとも古いポピュラーソングといわれている「Yankee Doodle」は18世紀中期にできた歌だが作詞者も不明、イギリスの子守唄が原曲といわれている。
http://www.youtube.com/watch?v=niD-AKpAJNc
また「アメージング・グレイス」もこのころできた宗教歌である。
http://www.youtube.com/watch?v=8U4CgMY2HJ8
2、ミンストレル・ショー
ミンストレル・ショーとは黒人奴隷たちの踊りや歌や訛りの強い言葉を白人の芸人が真似て演技をする一種のバラエティ・ショーで、特徴として白人が顔を黒く塗って面白おかしく黒人の歌や踊りをそっくりに演じるものである。
ミンストレル・ショーの最初は1843年で、その後多くの一座が誕生する。このショーには、黒人の生活や苦しみを美しく描いた若きフォスターが曲を提供し、そのフォスター・メロディーは人気となった。
その後、20世紀に入り、映画やラジオなどに人気をさらわれ、1920年代には姿を消したが、このミンストレル・ショーが芸能界に与えた影響は大きく、様々なアメリカ特有のバラエティーショーとして発展をし、ここから優れた歌手やコメディアン、ダンサーが育った。
3、フォスター
19世紀を代表する有名な作曲家で今なお愛され、歌い継がれている。
フォスターの家系はアイルランド移民の関係でフォスターのメロディーにはアイルランドやスコットランドの香りが漂う。
日本人にも愛されるのはこの地方民謡独特の5音階のメロディーが、昔からの伝統的な音楽も5音階であった日本人の耳にある郷愁を感じさせるのであろう。
いくつか紹介します。「金髪のジェニー」
http://www.youtube.com/watch?v=_1mk_rRzrao
「オールド・ブラック・ジョー」
http://www.youtube.com/watch?v=IA7nve4t1Qw&feature=related
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2012年4月18日水曜日
メリケン流行歌小史学習ノート 2頁
10、サンバ1
2拍子系の伝統的サンバ。サンバの曲はエレクトーンで演奏するのにふさわしい曲でした。というのも多くの変わった打楽器を使いますが、これらの音作りはエレクトーンの得意分野でした。
エレクトーンを操作し、いろんなパーカッションを合わせたポリリズムだけでサンバの雰囲気が出ました。
これにのせての独特のシンコペーションはそう難しいものではありませんでした。躍動感から自然とリズムパターンは身に付きました。
例として「Vou Festejar」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=9s3TRzhjx7E
11、サンバ2
フュージョン系によく見られる。4拍子の16ビートにサンバのニュアンスを盛り込んだもの。ライドシンバルのカップに近い部分を叩くショットを効果的に取り入れ、サンバの雰囲気を作り、タムタムやスネアドラムのアフタービートでパターンを作る。
例として「CABO FRIO」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=J4qTco14Buw
12、ボサ・ノーヴァ
ボサ・ノーヴァはサンバの洗練化、白人化した音楽といえる。アフロ系サンバのポリリズムと、複雑なシンコペーションをシンプルにし、激しいリズムを排除、アフロ系を希薄にし、モダンなハーモニーや粋なフィーリングを盛り込んだ音楽。
例として私がエレクトーンで得意だった「The Girl From Ipanema」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=UJkxFhFRFDA
13、サルサ
サルサはニューヨークのヒスパニック系の人々の間から生まれたダンス音楽。
例として「Centro Habana」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=IqUYgobqqdU
14、レゲエ
レゲエの前身、「スカ」がジャマイカで生まれたのは1950年代後半ごろで、アメリカのリズム&ブルースやジャンプ・ブルースのビートをもっと強烈に泥臭くアレンジしたダンス音楽。60年代後半に「スカ」のテンポを落とし、もっと洗練した「ロック・ステディ」へと移行。
さらにソウル・ミュージックの影響を受けながらシャープさを増し、モダンなフィーリングと快いスピード感を持つ「レゲエ」と発展する。
ベースは1拍めがないのが特徴。ギターとドラムス、グィロの8分音符は、イーブンの場合とはずむ場合がある。
例として「Natural Mystic」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=YKtX6cf0_0A
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2拍子系の伝統的サンバ。サンバの曲はエレクトーンで演奏するのにふさわしい曲でした。というのも多くの変わった打楽器を使いますが、これらの音作りはエレクトーンの得意分野でした。
エレクトーンを操作し、いろんなパーカッションを合わせたポリリズムだけでサンバの雰囲気が出ました。
これにのせての独特のシンコペーションはそう難しいものではありませんでした。躍動感から自然とリズムパターンは身に付きました。
例として「Vou Festejar」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=9s3TRzhjx7E
11、サンバ2
フュージョン系によく見られる。4拍子の16ビートにサンバのニュアンスを盛り込んだもの。ライドシンバルのカップに近い部分を叩くショットを効果的に取り入れ、サンバの雰囲気を作り、タムタムやスネアドラムのアフタービートでパターンを作る。
例として「CABO FRIO」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=J4qTco14Buw
12、ボサ・ノーヴァ
ボサ・ノーヴァはサンバの洗練化、白人化した音楽といえる。アフロ系サンバのポリリズムと、複雑なシンコペーションをシンプルにし、激しいリズムを排除、アフロ系を希薄にし、モダンなハーモニーや粋なフィーリングを盛り込んだ音楽。
例として私がエレクトーンで得意だった「The Girl From Ipanema」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=UJkxFhFRFDA
13、サルサ
サルサはニューヨークのヒスパニック系の人々の間から生まれたダンス音楽。
例として「Centro Habana」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=IqUYgobqqdU
14、レゲエ
レゲエの前身、「スカ」がジャマイカで生まれたのは1950年代後半ごろで、アメリカのリズム&ブルースやジャンプ・ブルースのビートをもっと強烈に泥臭くアレンジしたダンス音楽。60年代後半に「スカ」のテンポを落とし、もっと洗練した「ロック・ステディ」へと移行。
さらにソウル・ミュージックの影響を受けながらシャープさを増し、モダンなフィーリングと快いスピード感を持つ「レゲエ」と発展する。
ベースは1拍めがないのが特徴。ギターとドラムス、グィロの8分音符は、イーブンの場合とはずむ場合がある。
例として「Natural Mystic」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=YKtX6cf0_0A
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2012年4月17日火曜日
メリケン流行歌小史学習ノート 1頁
今日からポピュラー音楽史の概論を勉強したいと思いますがブログをお勉強のノート代わりに使ってみました。ブログを学習ノート代わりに使うのは私としては初の試みです。鉛筆とノートで勉強するより、ブログをノートにする方がより頭に入ると思います。またブログですので引用もやりやすいし、写真、図解の絵、またヨウツベの音楽も貼り付けることができます。
皆さんもよかったら一緒に勉強しましょう。
まずは本日は学習ノート、1ページ目
1、リズムスタイル
私がポピュラー音楽の演奏を始めたのは25歳の時でした。普通の若者が演奏を始めるのはギター、ベース、キーボード、ドラムなどのアンサンブルから入るんでしょうが、自閉症的傾向のあった私は、他人と合奏することが全く苦手で、そのためポピュラー音楽の演奏などはできないものと諦めていました。
しかし70年代に入って、電子オルガン(商品名エレクトーン)が進歩し、たった一人でもベース、パーカッション、和音伴奏、パターン化して入力したドラムで複雑なポピュラー音楽も演奏できるようになったのです。
それで60万円もするエレクトーンを買い、先生について学び始めました。
1、8ビート1
ロックのもっとも基本的なリズムで、エレクトーンの場合、足でベースを演奏しますが、耳からロック調の曲は入っていたので、そう難しいリズムではなく難なく身に着けることができました、これは以下の16ビートも同様でした。
この「8ビート1」はゆったりしたバラードタイプです。
例として「Hero」を貼っておきます・
http://www.youtube.com/watch?v=fuvDDvWA5k4
4拍子において本来弱拍を強拍にし、強力なアクセントを作り出す。ベースで2拍と4拍の裏で8分音符を奏するのが特徴。
2、8ビート2
アップテンポのブラック・コンテンポラリーである。ドラムスは8ビート1と同じだが、ベースドラムは4分音符を均等に4つ打ちで土台をつくっている。
例として「Boogie Wonderland」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=_jLGa4X5H2c
ベースは特徴的なリフをコード毎に形成し、ここでは1拍めの裏拍から奏する。
3、16ビート1
軽いストレート・タイプである。8ビートのリズムが体でマスターできれば16ビートは難しくありませんでした。エレクトーンの奏法としては8ビートが基本で出来ていればクリアできました。
このリズムに乗った曲は多く、都会的で洗練されたリズムでした。裏拍は当然16分音符が基本である。
例として「Strokin`」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=l2mJd6S_EpQ
4拍目の裏拍の16分音符のシンコペーションがスリリングなリズムを生み出す。
4、16ビート2
ブラック・コンテンポラリー。16ビートのバリエーション。ベースのチョッパー奏法(スラップ)によるパーカッシブな効果が全体のサウンドを引き締める。
例として「Colibri」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=Xu7Y08wOHs8
5、ロッカ・バラード
前に私が紹介したと思いますがビートルズの「ノルウェイの森」のスローロックのリズムがこれに当たるものです。
4分の4拍子の1拍を8分音符の3連符として設定する場合とこの例のように8分の12拍子で表記する場合とがある。
ゆったりとしたバラードだがドラムスの裏拍のアクセントがロックならではの雰囲気を醸し出す。
例として「Saving All My Love You」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=Q5o90BxTlO8
6、シャッフル
鋭く重みを感じさせるタイプ。私のリズム感ではこの後に述べる「スウィング」よりシャッフルのほうが演奏するのは難しくなかった。シャッフルは付点8分音符と16分音符で構成されるはずむリズムである。リズムでは3対1の鋭角的なリズムである。スキップ的なリズムで自然に体得できていた。
これに対し、「スウィング」は音符が2対1の弾み方で、こちらは私の生来のリズム感とかけ離れた感じがして会得に時間がかかった。
次の例はベースも含めほとんどの楽器がシャッフルしている。
例として「Back In U.S.A.」を挙げる。
http://www.youtube.com/watch?v=yFImtKE40tw
7、2ビート・スウィング
ジャズのスウィング・ビートの根幹になるリズム。4分の4拍子で記譜されていても実際は2分の2拍子でリズムを感じ取る。サビやアドリブになると4ビートの形をとることが多い。
私のリズム会得で何が一番苦労したかというと三連符の2対1のスウィング感です。どのように練習したかといいますと、2拍のベースに3拍の和音を刻む練習をしました。これ、私の生活のリズムにはありませんでしたから難しかったです。どうしても3対1のシャッフルのリズムになってしまいがちでした。
この2拍にきれいに三連符が乗るといかにも、「これぞポピュラー音楽!」という感じがしました。
例として「Things Ain`t What They Used To Be」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=B_461ul51fc&feature=fvst
8、4ビート・スウィング
2ビートと共通する部分が多いが、4拍子の形をとり、ベースは1、2、3、4拍を4分音符で順次進行的にランニングする奏法が特徴。2ビートよりも緊張感が増し、より強いドライブ感が生まれる。
例として「C-Jam Blues」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=gOlpcJhNyDI
9、ジャズ・ワルツ
スウィング系の3拍子を一般にジャズワルツというが舞踊曲ではない。軽快な曲が多く、リズム感体得に難しいものではなかった。
例として「Bluesette」を貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=yKnG_9q4crA
2頁目につづく
2012年4月16日月曜日
昨日の絵巻物に出てきた白人っぽい人について
中世の絵巻物に「白人」としか思えないような人が出ている。この人は何者なのか、謎である。と書いたが、今日はその続きを話そうと思う。
私が小学校の時、多分児童向けの「地理」の本だと思うが、その中で、世界にはいろいろな『人種』がいると、写真入りで載っていた。黒人、そして金髪・碧眼の白人、我ら黄色人種、・・・・そのほかの多様な人種の姿を目にして
『人種』というヒトの中でもさらに別種のヒトがいるのだなぁ
と子供心に不思議に思ったものである。
ところが今日『人種』という言葉はまず使わない。生物学的には人種というのは亜種と考えられていた。
亜種とは互いに交配でき、その雑種も子孫を残せるから「別種」ではない。しかし外形が遺伝的に変わっているある特定のエリアに住む種のグループである。
犬のように人工的に亜種として作り出されたものもいる。セントバーナードとチワワでは同じ種とは思えぬほど外形が変わっているがこれなどは「亜種」であるといってよい。
人種も「亜種」と考えられていたが、人の場合、亜種と思われていた人種の中の白人、黒人、黄色人種は思われるほど遺伝的な変異は大きくなく、亜種というには、全世界に住むさまざまなヒトの地域による変異より、むしろ遺伝的には共通する部分がほとんどである中での、地域による、曖昧な、全体として見れば、例えば色白に偏っている、髪は黒が多い、とかのわずかな変異をグループの特徴として持つ人々の集まり、くらいにしか言えないことが分かってきた。
そのため亜種でもないとされ、人種という言い方も当然されないようになってきた。
このような考え方をこの日本列島に住みついている人々に適応するとすると、確かに昔言われていたような黄色人種に典型的な外形を持つ人々は多いけれども、それは固定したものではない。皮膚の色、髪の色、髪の形状(縮れなど)ではかなり広いばらつきがあるのである。
目の色(虹彩の色)ではこの日本列島に住む人々、まず、全部といっていいほど茶~黒茶と思うが、実はそうでもないのである。
昔から北日本(北海道、北東北)にはいわゆるアイヌ民族(人種ではない、アイヌ語をしゃべる人々のグループである)がいるが、この人々は、全体的に立体的な顔立ち、明色の皮膚、波状の毛髪、茶色っぽい髪の色、体毛が多い、というどちらかというと白人ぽい形質を有していた。
それだけにとどまらず、このグループの人々にはかなりな割合で目の色(虹彩)が灰色~緑が現れる。また頻度は少ないが青い目も存在する。(遺伝的病気のアルビノ・白子ではない)
このようなアイヌ民族の人々を見て、明治の初年に日本に来た欧米人はアイヌ民族は白人の仲間であるとの説を唱え、それに同意する欧米人が多かったのである。(今日では白人との遺伝的な近親関係は否定されている)
ということは、歴史時代、東国や東北地方など、アイヌ民族の本拠に近いほど、白人っぽい形質を有する人が多くなるのは頷けることである。
そのように考えると、中世にこのような人がたまにいたところで不思議ではない。
いやいや、そうではなく、もしかして何人かの人々が西域(具体的にはペルシャ以西・ヨーロッパも含め)からこの日本列島に歴史時代になって何かの事情で流れてきたのではないかとの考えもありましょう。
全くあり得ぬと否定するつもりはありませんが、そう考えるよりは、日本列島の北方にすむグループの外形的な体質のかたより(いわゆる白人っぽい)に説明を求める方が可能性としては高い気がします。
まとめると、現生人類は人種のような「亜種」で区別できるほど変異は進んでいません。東アジアに住む大まかな体質的類似性の高いグループにも地域による偏りもあり、白人っぽい人もいるし、また、中にはアフリカにすむグループに似たいわゆる黒人っぽい人もいます。様々です。
亜種として固定するには現生人類がアフリカを出てせいぜいまだ10万年くらいです、それに結構、ヒトは他地域のグループと性的な交流を重ねています。そして隔離もされていないし、血統書付きの犬のように純血を作るため近親交配などもしません。
むしろヒトは自分と違う形質を持ったヒトと、妙に交わりたがります(もちろん性的に)
だから今までも、これからも「人種」としてテリアやチワワのように固定した種などはできないでしょう。
ところで皆さん、我々の直系の祖先となる現生人類(ホモサピエンス)の故郷はアフリカといわれています。アフリカの地溝帯といわれる地域で旧人(ネアンデルタールもその仲間か)の中から20万年ほど前に誕生しました。それらの人々はどんな顔をしていたんでしょうかね。
アフリカ人だから黒人だ。でしょうか?アフリカ人といえば黒人と思われましょうが、アフリカ人も地域による変異が大きく、黒人っぽい人よりむしろ我々のアジア人に近いグループもいます。
下はいわゆるブッシュマンのヒトですが、黒人の特徴よりアジア人の特徴に近い気がしますね。(肌は黒より褐色に近い、顔もアジア人のように平たい、また華奢な体つきをしている。典型的な黒人よりずっとアジア人に近い)
そして下は20万年ほど前、誕生した現生人類の復元顔写真です。どう見ます?この人々がアフリカからユーラシアに広がり、地域差による特徴がでた人々、ヨーロッパ、オーストラリア、アジア人の祖先になったのです。
私は、独断的に出アフリカの現生人類の祖先グループの体・顔の形質をもっともよく保っている人々は現代のニューギニアの人々ではないかと思うのですがどうでしょう。
下はニューギニアのヒト
なんかみんな「懐かしい」顔をしてると思いませんか。
2012年4月15日日曜日
久しぶりに夜のウォーキングに出た
腰痛であまり引き籠ってばかりだといけないので、陽気もよくなった今夜、久しぶりに夜のウォーキングに出た。
近いコースを回った。駅の東の数町を一周した。この辺りは前に紹介したが飲み屋街である。今日は日曜の夜であるのでほとんど店は休みであるが、スナックの中にあいてる店があり、ドアが閉まっていても外までカラオケの歌が漏れてきている。
歩きながら聴こえてくる歌は、昔流行った(昭和49年)山本コウタロウの岬めぐりである。懐かしい!きっと私くらいの年齢の客が歌っているんだろう。
通り過ぎ聞こえなくなっても、今度は私の口から歌が漏れていた。
ある中世武士の絵巻を読む
今日は一遍上人絵伝とは違う絵巻『男衾三郎絵詞』(13世紀末頃、一遍上人絵伝と同じころ成立)を紹介します。
この絵巻の主人公の男衾三郎は中世初期の典型的な東国武士であります(武蔵の国男衾郡在住)。
かなり猛々しい武士で、常に武芸を怠らず、いつでも戦ができる体制を整えていますが、いつもいつも戦があるわけではありません。そのため、平時は武力を持て余し気味です。なにか暴力を発散する機会はないかと身構えております。
だからこの家の前を横切る旅人は命懸けであります。見知らぬ旅人が通りかかるとこれ幸い、因縁を吹きかけて乱暴狼藉に及びます。誰彼なく手当たり次第であります。
次に、この男衾三郎 は、物凄い結婚観を持っています。それは
「強い武士の妻には、東国一の醜女がよい!」
そして言葉通り、さっそく実践します。その結果が・・・・・これ
まあ、お父っぁんはそのような考えで、いいんだろうけど、生まれた娘はやがて大きくなります。まさか尼寺に放り込むわけにもいかず、年ごろを迎え、嫁にやらねばなりません。
ところがいくら東国の男とはいえこの男衾三郎のように、嫁は醜女ほどいいと思う男はほとんどいないみたいで、やはり見目形良き娘をもらいたいもののようです。
それでお見合いさせましたが・・・・・
この娘の顔を見るとどうも2番目の子供は娘だったようですね。あの幼児と同じ顔をしてますもの。
この結果を知りたいのですが、長い年月の間にこれ以降の絵巻は失われてしまいました。残念です。
この絵巻、男衾の妻と娘は異人種かと思うほど特異な顔をしていますが、この絵巻の中の戦闘シーンの兵士の中にどう見ても「白人」じゃないかと思う男が出てきます。
髪は金髪、鼻は高く、色白だから頬は異常に赤い、顎も白人っぽいです。目もおそらく青かったのではないでしょうか。いったいどのような人なんでしょうか、謎です。
下の兵士がそうです。
2012年4月14日土曜日
徳島駅前でパホーマンスする人々
何週間か前から見かけるようになった。毎日ではなく土日である。
日本人ではなく顔はインド系の顔をしている。ギターを抱えて弾きうたいをしているが、格好がスーパーマリオの格好をしている。
人気があるのか、女子高校生が10人ほど集まり、歌に合わせて手拍子していた。
これは徳島駅の西出入り口であるが、東の方の出入り口では若い女性が大きなカセットレコーダーを置いて、曲を流し、その前で大きなジェスチャーをつけて踊っていた。
こちらの方は見る人も、気に留める人もないようだが、恥ずかしげもなく、悦に行って踊り続けていた。
最近は夜でもフォーク調の歌を歌う男性2人を見る。この男性は若かったが、この間なんかは私くらいのオジンミュージシャンもいた。
上手下手は関係ない、どちらかというとみんな下手くそではあるが、このようなパホーマンスを心から楽しんでいるようである。
「どうせやるなら、みんなの前でやろう」
いいことである。
私も駅前デビューしようかなぁ~
日本人ではなく顔はインド系の顔をしている。ギターを抱えて弾きうたいをしているが、格好がスーパーマリオの格好をしている。
人気があるのか、女子高校生が10人ほど集まり、歌に合わせて手拍子していた。
これは徳島駅の西出入り口であるが、東の方の出入り口では若い女性が大きなカセットレコーダーを置いて、曲を流し、その前で大きなジェスチャーをつけて踊っていた。
こちらの方は見る人も、気に留める人もないようだが、恥ずかしげもなく、悦に行って踊り続けていた。
最近は夜でもフォーク調の歌を歌う男性2人を見る。この男性は若かったが、この間なんかは私くらいのオジンミュージシャンもいた。
上手下手は関係ない、どちらかというとみんな下手くそではあるが、このようなパホーマンスを心から楽しんでいるようである。
「どうせやるなら、みんなの前でやろう」
いいことである。
私も駅前デビューしようかなぁ~
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