2013年9月15日日曜日

このまま雨が続けば・・・

 先ほど外へ出て川の水位を見た。あと数センチで道路が冠水するところまで来ている。我が家は道路一本だけへだててすぐ横が江川である。

 道路が冠水しても道路面から1.5mほど家の土台は上にある。だから家の敷地への浸水の心配はしていないが、道路が冠水するとこの道路が唯一の出入り口なので孤立が心配だ。おまけに江川と水面が一体になり川の流れが道路に押し寄せるので深さ30センチくらいになると無理して歩いていると流される恐れがある。

 今も大雨が降る続いている。雨音が大きく聞こえてくる。明日の朝、どうなっているだろうか。

2013年9月14日土曜日

酸っぱい葡萄

野葡萄のような野生の葡萄は日本にも存在する。山で見たことはあるが
 『え!これがブドウか』
 というくらいブドウらしくない。黒っぽい紫の小さな豆粒のようである。栽培の立派なブドウは中東から地中海にかけてが原産らしい。

 そのためその地方には葡萄に関する格言がいくつも存在する。その中の一つ、ユダヤの格言にこんなのがある。

 『親が酸っぱい葡萄を食べたからと言って、子の歯が浮くことはない』

 酸っぱすぎて歯茎が腫れることかとも思うが、その心は?

 これは親が罪を犯したとて、子にその罪が及ぶものではない。逆に子の罪が親に及ぶものではない。ということである。これはユダヤにおいては昔からかなり厳格に適用されたようである。一方、日本は江戸時代まで連座制があり、罪については親や子に及ぶものであった。

 連座制が存在するのは封建時代だからだとか、個人の人格を重んじない時代だからだとかいう人がいるが、旧約聖書の時代から連座制のないユダヤの法習慣を考えると、封建だの人格を重んじないだの言うことよりもむしろ、ユダヤや日本の歴史・文化の違いのような気がする。

 今の日本に連座制はない。当然、子の罪が親に及ぶことはない。スッパリ割り切って、子は子、親は親。と云えればいいが法律で罰せられない連座制はなくても、『世間の目』という指弾がある。一人前に成長した息子が犯した罪を親が「申し訳ない」と謝るのは日本でよく見られる光景だ。逆にユダヤの格言なんかを引き合いに出して「子は子、ワイには関係おまへん」と世間に言い切れないのが日本だ。

 先日、モーニングショーの司会者MMの息子が窃盗容疑で逮捕された。すると日本津々浦々までマスコミが鉦や太鼓で吹聴するもんだから皆に知れ渡ってしまった。本人の名前の前には「あの有名な司会者MMの息子」というのが冠せられた。

 「これって、おかしくないか?」

 罪とはいえたかが窃盗である。地方版の三面の小さな記事が相当である。それを大々的な全国報道である。おまけに「親父があの有名人だ!」 親は責任を感じて涙し、世間をお騒がせして申し訳ない、番組もしばらく休みます、との対応。

 「う~~ん!日本では道義的な連座制はまだまだ続いているようだ」

 と、ここまではワイも建前の話し ホントのところこのMMかなり反感を持たれていたんじゃないだろうか。人は貧乏で不幸な人がもっと不幸になったら大いに同情する。しかし、大金持ちで傲慢なひとに何かが起こってもあまり同情心はかきたてられない。まあ、それが世間である。

 もれ聞くところによるとこの司会者の親父の稼ぎは時給100万円だとかいう。おまけに司会者をいいことに上から目線でお説教を垂れる。たしか『・・・親の顔が見たいね・・」と捨てぜりふを聞いたこともある。
 それに息子は人もうらやむ職業、東京の某キーTV局の正社員である。それが窃盗である。なんでそんな小銭を盗まにゃならんの?これでは親も子も同情を寄せにくいわなぁ。

 道義的連座を期待するのも子の犯罪に親の名前を出すことも間違っているとは思うが、これも世知辛い世間という現実だわさ。

2013年9月13日金曜日

赤っかい花なら

 今日、ついに見つけました。この花は野山にある日急に姿を見せるのが特徴です。前日まで列車の車窓から眺めていても見られなかったのに、今朝、線路沿いの盛り土の雑草の上に群れているこの花が見えました。

 すっくと伸びた長いストローのような茎、葉っぱもないためちょっと異様な感じがします。それが赤いつぼみを先に膨らませ今すぐにでも開花しそうな風情です。数輪はすでに大きく花開いています。


 この花、私は昔から大好きです。でも大人には葬輦(そうれん)花・葬式の花とかいって嫌われていました。子供のとききれいな花なので摘んで家に持って帰ったら、縁起が悪い花だ、捨てなさいといわれた。毒があるともいわれました。

 この花、マンジュシャゲといいます。漢字で書くと曼珠沙華と書きます。不思議な字です。というのも葬輦(そうれん)花というだけあって、文字になにか仏教臭を感じませんか。曼珠と聞いたら京都洛北にある天台の名刹『曼殊院』を。また花を華と書いたら仏教の花を連想します。

 「やはりなんか仏教に関係しているのかな」

 調べると
 『《(梵)mañjūṣakaの音写。如意花などと訳す》仏語。白色柔軟で、これを見る者はおのずから悪業を離れるという天界の花。』

 白、というのが気にかかるが白の曼珠沙華もあるから素直に意味をとろう。この意味通りだと悪業から離れる天界の花であるから縁起が悪いことない。しかし悪業から離れるとは、汚辱に満ちた現世とおさらばし、業の深い今の生を離れる、ともいえるから(それって死ぬことジャン!)、今の世を離れたくない人にはやっぱ、嫌か。

 この花を見ると反射的に歌いだす

 『♪~赤っかい~花なら~マンジュシャゲ~♪、チャカチャンチャンチャン~』

2013年9月12日木曜日

初秋随想

暑さのぶり返し
 サルスベリは百日紅と書く。その名の通り暑いさなか4か月にわたって暑さに負けず元気よく美しい花を咲かせる。でも人間の方は今年の猛暑に参っている人が多い。ようやく初秋の涼しさでホッとしたら、今日はまた暑さがぶり返した。

 そうそう聞くところによると7年後のオリンピックは猛暑のさなかに開催するという。なにをトチ狂って、そんな時期に?

 公的な説明ではそのころ日本の各地で夏祭りが開かれるから、外国人客の観光にいいという。なんかこじつけのように思う。ホントは?

Pest 
 仏教の慈悲の心で生きるならたとえ小さな虫も殺さず、共生していければいいんだろうが、体を刺し、血を吸う虫にそうそう慈悲の心はかけられない。

 なぜか猛暑の時期は蚊も他の衛生害虫も少ない。虫けらでも猛暑に参っていると思われる。この頃涼しくなったせいか増えてきた。

 蚊退治は右の電気蚊取り器だ。蚊以外に古くなった家にはダニも湧いてこれが刺す。それには左の燻煙剤を使う。今日午前中部屋を閉め切って3時間燻煙した。

 ところでこれらの人に害をなす虫を英語でPestという。伝染病の黒死病と同じ言葉だ。この細菌を媒介するのは蚤だ。病気もPest、蚤の害虫も同じPestだ。ちなみに殺虫剤はPesticideという。このcideはラテン語語源で『殺す』という意味だ。自殺はSuicideというが、suiはやはりラテン語語源で『自分』だから、自分を殺す、でSuicideだ。

南京豆
 その衛生害虫の中で強力に痒くて炎症を起こすのが南京虫だ。我が家の虫はたぶんただのダニと思うが、以前これに刺されて大変なことになった。

 若い時、京都のユースホステルにとまっていて、この虫に刺された。最初は蚊に刺されてくらいしか思っていなかったが、募ってくる痒み、そして刺された部位の発赤が拡大し熱を持って腫れてきた。

 結局、病院で治療する羽目になった。この虫は特徴のある刺し方をするので医師はそのいくつかの刺し傷を見て南京虫に刺されましたよ。と教えてくれた。腫れが引くのに数週間かかった。

 南京虫は大嫌いだが南京豆は大好きだ。最近、ハイボールを飲むときのおつまみがこれだ。誰かに聞いたが、ピーナツと南京豆と落花生は違うそうだ。
 ピーナツは皮をむいた豆を油でいため塩味をつけたもの。南京豆はこげ茶の皮つきのもの。落花生は写真のように殻に入ったもの。ということである。

 その定義でいうとワイが食べているのは落花生だ。喰うのに手間がかかる気がするが、殻を割るときバリバリ、ガサガサ、と大げさな音がし、殻から出した豆のさらに皮をむくのはけっこう楽しい。

 

2013年9月10日火曜日

昭和39年あの日あなたは

 月曜の早朝に第二次東京オリンピックが決定した。それで過去の東京オリンピックも注目されている。

 その年は昭和39年だった。その時私は中学生。今、その時の記憶を遡っている。

 私のブログ仲間はどうだろう?しんちゃん、ようちゃん、は生まれている。でも幼児だったので覚えているかな。おとうさんは、ちょっと年齢がわからないが私と同世代か、もしかしたら上かも知れないのでそうなると記憶や思い出も確かだろう。モトさん、てるさん、とし君、パコさん、は生まれてもいない。

 その私の記憶だが・・・

 開会式はよく覚えている。冒頭のシーンを思い出すと、あの東京オリンピックの為に作られたというファンファーレの高らかな響きが頭に蘇ってくるほど鮮明である。

 しかし個々の競技はというとほとんど覚えていない。この年、親戚の家から中古の白黒テレビを譲りうけていたのでテレビで見たはずだが思い出さない。半世紀もたつと記憶も薄れ、消え去るのかもしれないな・・・・・

 いや、待てよ、そうだ、一つ覚えがあるぞ、熊本のアーケード街の街頭カラーテレビで重量挙げを見たんだ。鮮明なカラー画像がめずらしかったので覚えている。

 そうなんだ!東京オリンピックと私の中学校の修学旅行が重なっていたのだ。四泊(そのうち二泊は船中という凄まじいスケジュールだった)の福岡熊本阿蘇別府周遊だった。その修学旅行と重なる部分ではテレビ中継も見ていなかったので、記憶もないはずだ。(たまたま熊本では自由行動で街頭でテレビを見たのだ)

 当時のオリンピックの思い出はテレビを見た私の頭の記憶しかない。そしてそれも薄れ、重なった修学旅行の思い出に打ち消されている。当時の田舎の中学生が家人と一緒に東京までオリンピックを見に行けるわけもない。だから当然撮った写真なんかもあるはずがない。オリンピックグッズなんかも一つもない。しかし、修学旅行の方は確か記念アルバムがあったはずだ。

 さっき探したが見つからなかった。家のどこかに眠っているのか、それとも紛失したのかわからない。引き出しをひっくり返していると集合写真が一枚出てきた。

 これは別府の地獄めぐりでのクラス写真だ。ワイは最前列中央。

 日付を拡大すると昭和39年10月16日となっていてまさにオリンピックのさなかだ。(10月10日が開会式、それを記念して祝日の体育の日ができた)

 オリンピックのころワイは修学旅行をしていたわけだ。


 

2013年9月9日月曜日

目ん玉えぐりだすんだぞ


 とうとう手術を決意しました。よく見えるようになることを信じて目ん玉(水晶体)を抉り出します。

 ダイヤモンドメスで角膜の隅を切りあけ、そこから超音波メスを入れて・・・・・・・・・

 おお~~!話を聞くだに、身震いがとまらないのに、それを自分の目ん玉に実際行うとは。

 腕は確かな先生で、全国的にも名高い病院ですが、心配は耐えません。もしやこんなアクシデントが起こりはすまいか、と、悪い方へ悪い方へと考えてしまいます。

 歯を抜く以上の外科的処置をしたことがないので、いきなりこんな手術は正直怖いです。そして一回ではすみません。右左と二度します。二度怖い!

 そして心配を倍加させるのは手術で抉りだした水晶体にかわって入れる人工の眼内レンズです。自分のオプションは焦点距離をどれだけに合わせるかの選択があります。
 眼鏡なしで遠くを見られる選択もありますが、そうなると近くを見るときは眼鏡が(老眼鏡)が必要になります。
 私の場合、本を読むのが好きなので、先生の勧めるように近くに焦点を合わせようかと思っています。つまり近くは眼鏡が要らないという選択です。(遠くを見るときは眼鏡がいりますが今よりずっと弱い近視になり、分厚い眼鏡とはおさらばとなります)

 そのほか先生が決めてくれるオプションもあります。眼内レンズは3年前から乱視を打ち消すレンズが新しく登場しました。私の場合乱視が強いのでそのレンズの適当な乱視度数のレンズを先生が選択します。

 しかしこの二つの選択で、必ず狙った効果(つまり計算上の焦点距離、乱視をうまく打ち消す計算通りいくか)が出るか?というとかなり不確定な要素があるのです。

 つまり、手術はうまく行ったが眼内レンズが合わないのでよく見えないということが起こるのです。メガネ屋で眼鏡を買うときは何度でもとっかえひっかえできますが手術で挿入する眼内レンズは原則一度しかできません。

 これはかなり心配な要素です。

 この病院はホムペで十分情報を公開していて、その点満足なのですが、やはりそのような不確定な要素は否定していません。院長先生に直接、ネットのメールで質問のやり取りができるので、今まで3回ほど質問しました。

 はたしてぴったりした眼内レンズになるか(もちろん、検査機器で精密に検査し、医者が最終判断するのですが)

 あんまり専門的なことを知らない方が不安は少ないですね。私はけっこうしつこく調べまくる方ですから、情報過多になって混乱するんでしょうね。

久しぶりの投稿だなぁ

 こちらのブログはしばらくぶりです。

 今日は沖の浜の『サンマルク』でランチ後、食後の腹ごなしに大神子付近を散歩した。
今日は少し暑かったのと、長い距離ではなかったが山道を展望所まで歩いたのでくたびれかえりました。でもいい疲れなので今夜は安眠できそうです。