2012年6月15日金曜日

初歩電気教室 らいでん???


 さてまず、今日は初歩の初歩、電気の定義から出発します。

 そもそも電気とは何ぞや?物理的なことはこれから12月までう~~~ん説明できる機会があるゆえおくとして、今日は文学的(語源的)方面から考えようと思う。

 英語ではエレクトリック、これは調べたらすぐわかるようにギリシア語の琥珀(エレクトロン)からきている。なぜかは、すぐわかる。
 この琥珀、布でこすると静電気を帯び、毛を逆立てたり、暗い中、小さな火花を飛ばしたりと、摩訶不思議な作用をする。ギリシア人もこの不思議な現象に甚く興味を持ち、それが電気・エレクトリックの語源になったというわけだ。

 18世紀の日本でもオランダから伝わった電気の説明に「エレキ」といっているのはこのギリシア語から伝わった西洋の言葉だ。

 じゃあ今日の「電気」の言葉はどこから誰が、作ったのか。調べたが確定はしない。おそらく19世紀の中国か日本の西洋本の翻訳者が作った造語と思う。

 この漢字が使われるのは西洋語源の琥珀と同じようにある妥当性をもっている。「電」という文字をよく見て欲しい。雨、そして田という字からピューッと尻尾みたいなのが出てきて右に伸び、上にサッとはねられている。
 この文字のイメージとして強い雷雲の雨で暗くなった空に突如、光り、天空から地にかけてサッと伸びる「稲妻」を想像してほしい。

 ゴロゴロピカピカ、を「雷電」という、雷電はためく・・とかいう。電気はおそらく「雷電の気」、「気」とは「目にみえぬある作用をもたらすもの」の意味であろう。
 この「雷電の気」がつづまって「電気」になったのではないだろうか。

 琥珀の気も雷電の気もともに電気だからなるほどと思う命名である。しかし、ささやかな琥珀の作用に比べ、雷電の方が電気作用は物凄い。人一人真っ黒焦げにすることもできる。
 この凄い作用にあやかってだろう、相撲取りの名前に「雷電」というのがいる。ただしこの時まだ電気の言葉は生まれていないので、雷電は稲妻のことをさしている。

 次にもう一つの「らいでん」についてお話しします。この「らいでん」も電気に関係しています。すると当然「雷電」と思いますよね。
 ところがギッチョンチョン!全く違うのです。偶然の一致だから面白いですね。この「らいでん」はカタカナで表記され、語源はおそらくオランダの地名か人名かのライデンで、その名称は

 『ライデン瓶』

 「え、馴染み薄い言葉ですって?」

 私は中学の時、このライデン瓶をつくりました。ある目的のため。材料は台所用品、びっくりするほど簡単に出来ました。何の目的で?今からご説明しましょう。
 
 中学の悪ガキ時分、よく遊んだのがセルロイドの下敷きをこすって静電気を発生させて喜ぶものでした。しかし、髪が吸いついたり、離れたりする現象にもやがて飽きが来ます。

 もっとも面白いのは、人を驚かすこと。下敷きの静電気で人を驚かそうとしたら敏感な口に金属のキャップをくわえさせ、帯電した下敷きをその金属キャップに近づけ、火花を飛ばすと、口中に軽い電気ショックが広がりびっくりします。
 しかし、わざわざ驚かされようと思って口中にキャップをくわえるバカがいるはずはありません。

 手を触れただけで電気ショックを・・それも何人も手をつないでも電気ショックを与えねば、驚かすことは無理です。
 それには下敷きの弱い静電気ではダメです。静電気をためる器具が必要です。下敷き一枚の静電気でも何回もやって蓄めることができれば大きな電気ショックを与えることができます。
 その蓄める器具が「ライデン瓶」なのです。

 このライデン瓶をつかい、下敷きを何回もこすり、静電気を蓄めました。そしてそのライデン瓶の+・-に指が接触するようにして、友人を驚かせるため、持たせました。
 結果は実験としては見事なものでした。見事すぎて、死なんばかりにショックを与え、大変なことになりました。もう少し下敷きをこすって蓄えれば死んだかもしれません。

 よい子のみなさん!このようなことはしないでくださいね。

 電気の最初の話として、電気の言葉のいわれをお話しするつもりでしたが、いつものようにみょ~な話に発展しましたね。

 それでは、麿が生きていたらまたお会いするでごじゃる。

 おっと、ライデン瓶の作り方はここクリック

2012年6月14日木曜日

持病の症状が治まらない


 半年の訓練に備えて体調を整えて望みたいが、数週間にもなるのに持病の症状が治まらない。薬は飲んでいるのだが改善しない。一昨日病院へ行ったが、明日また病院へ行くつもりだ。
 
 新しいことを始めるにも健康が一番であるが、おさまらないのが困る。

 ともかくよく診察してもらおうと思う。

2012年6月13日水曜日

水つながり


 左の写真は見てすぐわかりますよね。紫陽花(あじさい)です。ずいぶん面白い読み方をする漢字が当てられていますね。あらかじめ読み方を知っていなければ類推して読むことは難しいですね。

 同じように右の写真はお墓の水をためておく石盆です。崩し字で書いてあるため読めませんね。楷書に直すと『閼伽』と書いてあります。仏さんに捧げる水のことです。
 これは楷書に直しても読めませんね。読み方は「あか」と読みます。サンスクリット語からきています。

 この二つは昨日、雨の中、撮影したものです。しっとりと水に濡れたあじさいと御影の閼伽の水盆を見ていて、どちらも水につながりがあるな、と思って注意を留めたものです。

 紫陽花は日本語では水の文字は入っていませんが、英語では水を意味する言葉が語の中に入っています。アジサイは

 『Hydrangeas』

 hydr-はギリシア語で水の意味があります。ハイドロ・・なんとかと外来語にもなってますね。雨の時期に咲くアジサイは水に関係があるものと思ってこのような言葉になったんでしょうか。

 閼伽はサンスクリット語から来たものでありますが、サンスクリット語は印欧語でラテン語などと親戚の言葉なのです。ラテン語で水を意味する言葉はaqua- アクア・・です。

 そうアクア、と閼伽(あか)、サンスクリット語(というより印欧語族)が西に行き、aqua-に、東に伝わり、全く語系統の違う我が日本語の中に入り「仏の水」の意味の「閼伽」になったのです。

 どうです、皆さん、このブログを読んで多くの人が知らない2つの言葉が頭に入りましたね。

 紫陽花は英語でHydrangeas(最後のsは複数だよ)
 何やら墓の前のごにょごにょした文字は閼伽で、アカと読み、仏さんに捧げる水であること。


 やまさんのブログは勉強になるわ~~~!(時々、真偽不明も平気でのせるが・・・・・)

2012年6月12日火曜日

常連(居続け)


 筋肉痛は数日してからピークを迎える。朝から足が痛くて思うように動かない。持病も悪化傾向で体調は、ズンズン・ズンドコ節である。

 一か月ぶりに町内の病院へ行く。不況で閑古鳥が鳴いている店もあるが、病院だけは押すな押すなで朝から大盛況である。

 診察は9時からだが各科の前の椅子には早くからみんな仲良く並んでいる。よく会う顔見知りばかりだろう、親しげにあいさつを交わしたり、話をしている。

 「ここも常連さんが多くを占めている」

 他にも常連さんが目につく、ちょっと敬遠し始めたスーパ銭湯も常連さん。
 朝9時に行っても、夜8時過ぎに行ってもいつもいる図書館の常連さん。こうなれば目につくというより・・・鼻についてきた。

 昔、喫茶店のマスターをやっていたとき、常連さんばかりになり、いつも店のソファー、カウンターはふさがっているが売り上げが全然伸びなくなって、やがて店を畳んだことを思い出すと、常連さんにいいイメージはない。

 しかし他人ごとではない。自分の問題である。高齢になり、病気がちになり、なにもすることがなくなれば、病院、温泉、公民館・図書館の常連さんになるのは仕方ない気がする。

 「老人こそオンリーワンな生活をしたいのだが・・・」

2012年6月10日日曜日

マップポイントの旅 藤井寺から一本杉庵まで


 前回は、藤井寺から柳水庵までのマップポイントの旅だったので、今日はもう少し奥の一本杉庵にポイントを置き、往復してきた。

 この一本杉庵は全行程中、最も標高が高い場所である。(焼山寺より30m高い) そこは、焼山寺越えの一番キツイといわれる峠である。そこへ至るには急坂、いわゆる「遍路ころがし」の道を行かねばならない。

 しかし、それゆえに、もっとも昔の焼山寺越えの遍路道の面影をとどめている所である。
 
 前回よりさらに奥で高低差のあるところへ行ったので、往復に今日は8時間かかった。

2012年6月9日土曜日

旅の思い出もうんと古くなると・・・・・


 ググルアースの地図を繰って婆ちゃんルンルンの旅を楽しんだ、というブログを読むと

 「いいなぁ~」

 と思い。今朝、再びググルアース・プラグインのダウンロードをした。(以前消していたため)

 さっそく

 『飛んで~イスタンブ~~ル~♪~♫』

 で行きたかったソフィア寺院、ガラタ塔、その他ヒッポドローム跡などなど、古代から中世にかけての遺跡巡りをした。

 街中にも入り、露店で売られている『トルコアイスクリーム』屋をさがしたがそれは見つからなかった。

 「こういう旅の方がいい気がする」

 そういうと、いや、現実に行った旅の方がいいに決まっている、といわれそうだが、私ほどの年齢になり、旅が遠い過去の思い出になると、記憶にも上らなくなり、全く忘れた部分も多くなって、現実に行ったと思っているただ一点だけで、それ以外はいつでも行けるバーチャルの旅にも敵わなくなっている。

 大昔に行ったスペインの旅もそう。振り返っても美術館の記憶が少し残っているだけで、まるっきり思い出さない。幸い写真が残っているので、整理すれば、少しは・・・だけど、肝心の写真を見てもいったい何をしてるのやら思い出さない。

 大昔、のべ3年以上にわたって全国を放浪旅行していた記憶もそうである。写真も残さなかったので手がかりもない。
 なんか記念になるものがないか、押し入れをゴゾゴゾやっていたら、この時の簡単なメモ程度の旅日記が出たきた。これである。
 何ページにもわたっているが、今日が6月9日なのでこの旅のその日付けのページを開けたのが下の写真である。

 読みにくいので6月9日から数日、原文に忠実に再現してみた。

6月9日(日)晴れ                87km                       むつ
 むつ市へ向かっていく途中、横浜村(?)の海の見えるPで1時間ほど休む。ボンネットを開けてオイルゲージを見る。Lよりまだ少し上にある。少し不安だが、しばらくは走るには大丈夫だ。やはり神経質になりすぎているのではないか。横溝の本、少しも面白味が出てこないので中途でやめた。

6月10日(月)晴れ                60km                       函館
 6時30分のフェリー(大間発)に間に合うため4時半頃出発した。今日も快晴だが気温は低く、影に入ったり、風が吹くと寒い。青柳町に車を置いて中心部まで歩く。午後からはハローワークへ行く。求人状況は厳しいものがある。
 夕方は高田屋嘉兵衛の旧宅から元町にかけて山の手を歩く。少し肌寒いが心地よい。旧奉行所跡地の公園でこれを書いている。西日が緑や花、石畳を際立たせていて美しい。

6月11日(火)曇り時々雨            0km                        函館
 今日も函館。午前中五稜郭まで歩く。今夜も谷地頭温泉に入る。昨夜と今朝、彼女に電話したが出なかった。

 と書いてある。読んでいて自分が書いたものに間違いはないのだが、思い出せない。
 はるか過去の記憶なんてこんなものだろうか。   

2012年6月7日木曜日

老化と不死


 生物は老化し、やがて死ぬのは宿命なのだろうか。生物を細胞と入れ替えてもよい。老化しない不死の細胞があるのだろうか。

 科学と神話を同一に扱うのはおかしいが、神話(古事記)にこんな話がある。岩のように醜く、動かず、生きているのやら死んでいるのやらわからぬ「岩の姫」は不死の象徴であり、咲く花のごとく匂い、美しく、愛でられる花のような「この花咲くや姫」はつかの間の生、死ぬべき命を象徴する。

 これは生物科学においても示唆に富む話ではないだろうか。

 私は考える。もし、不死の生物(あるいは半永久的に生きる)があるとしても、おそらく不活発で、原始的で、代謝も乏しい、もちろん精神的活動など見いだせない生き物であるだろう。

 太古、神は生物に迫ったかもしれない。このような性質をもって不死の道を選ぶか、それともこの花咲くや姫のように、死すべき運命ではあるが、華やかに生きるかを。

 後者を選択した生物は、万物の霊長に発展する道を歩き始めた・・・・・

 「じゃあ、そんなのはいいから、老化せず、不死の道を選んだ生物は?」

 生物の細胞にとって老化をもたらすものは、「光(電磁波)」「酸素」。しかし、光合成により光を利用することによって生物は地上への切符を手にした。紫外線を含む光は細胞を破壊老化させるものではあるが、また、植物にとっては絶対必要なものとなった。植物に寄生するといってもいい動物もそうである。

 また、酸素は細胞体を酸化させ老化の元となる。生物にとってそもそも酸素は有害物質であった。しかし、効率よく体を動かす動物にとって、この酸素は有害だが、酸素を利用した「呼吸」はエネルギーのを生み出すためになくてはならないものになった。

 そうそうなのである。有害な光と酸素を利用し始めた時が、神様の選択の分岐点だったのである。これを利用することは「老化の素」を取り込むことであり、老化・死は宿命となった。

 逆に、それの利用を拒否し、全く光のささない深海の熱水噴出口あたりで、効率の悪い化学合成(無酸素)を細々と行う生物は、不死と不老を手に入れたのではないか。

 長い年月、光に当たりすぎたためか、私の顔や手に老人性のシミができ、手袋やつばの広い帽子をかぶるようにして皮膚の老化を防ごうと思っている。それにつけて、そんなことをちょっと考えてみたのである。

 40億年前、神が、不死か、死ぬべき運命か、どっちを選択するといわれたとき、私がいたら、やっぱり

 「この花咲くや姫を選びます」