2012年5月4日金曜日
ビーチコーミングってなんか知っとる?
国民の祝日なんてぇものは、国民がその祝日の意義を知って共に祝うために設けられたと思うのだが、こうも祝日の大盤振る舞いのゴルデンウィクで休みばかり続くと、祝日の意義どころか
「はて?今日はなんで休みだろ?」
という始末。これなどはまだ少しでも自覚がある方で
「ほんなん、しらんわ~、カレンダに赤丸がはいっとるから休みじゃ」
などと自覚も糞もあったものではない。まあ、休みだから四の五の言わずみんな享受するのだから、それでいいとしよう。
ところで、よく日本人は働き過ぎだ!といわれるがこの国民の祝日に関して言えば日本は世界の国でも多いほうである。アメリカなどは日本の半分くらいだと聞く。
政府は自分の懐が痛まずに(つまり予算いらずに)国民を喜ばせられるから、安易に祝日を増やしているんじゃないかと疑ってしまう。ガキや公務員、正規職のものは休日が増えればうれしいだろうが、日割りで給料もらっているものにとっては祭日が増えれば給料が下がるので全くうれしくないどころか困る。
だからこれからも国民の祝日を増やすなら、そんな日割り労働者の為に祝日の日当は政府が肩代わりして払うとすればよい。
なんかぐだぐだと主題と関係ないほうに話がいったが、さて、そういう私も今日は何の祝日かほとんど(言葉は知っていたが)自覚はなかった。
ところが今日の毎日新聞のロゴマークを見ると、いつも浅葱色(水色のこと)なのに今日は
みどり!
「ああそうか、今日はみどりの日じゃ!」
毎日新聞もなかなか粋なことやりまんなぁ~
さて、ここからがやまさんの今日の行動の動機が沸き起こってきます。
『今日も国民の祝日か。ということは?おおお~、県立博物館、県立美術館が無料の日ではないか。ということは、待てよ、昨日、興味が湧いて、見てみたいと思っていたあの
チ〇ポの鋳型みたいな彫塑がタダで見られるではないか。決めた、行こう!』
で、自転車で文化の森に行きました。
しかし残念なことに常設展は無料ですけどこれは特別展示だから600円入場料がいる。当然、パス!常設展のみにしましたが、何度も見ているのであまり興味がない。野外彫刻展示場で写真を一枚撮りました。
1階では博物館が無料特別展をやっていたので見ました。ちょっと興味をひいたのでご紹介します。
『海からどんぶらこ』、なんと思います?浜辺を歩いて流れ着いたものを拾い集める趣味なのです。「ビーチコーミング」というそうです。
「え?変な趣味?」
そうですか、でも見れば結構面白いと思いますよ。まあ趣味の世界ですから何でもアリですけど海浜の清掃にも寄与するし、海岸を歩いて健康にもいいし、オゾンを吸い込み、アルファー波の波音を聞き、海辺をさすらう。心身の健康にいいじゃぁ~ありませんか。
これね、全然おかしな趣味じゃないですよ。実は昔から(江戸時代から)海浜や河岸に打ち上げられた「流木」をさがすのはあったんです。この流木、ゆがんだ面白い形が好まれ、様々な芸術品に加工し、あるいはそのままでも鑑賞されたのです。
今はビーチコーミングという名で流木以外にも対象は広がっています。人工のもの天然のもの様々です。浮き子、おもちゃ、ペットボトル、種や実、クジラ、イルカの漂着、貝殻、ウニ、石、流木・・・・等々
その中から自分に合うものを拾い集めればいいんですからね。
ちょっと名前は忘れましたが、海岸に漂着した「ヤシの実」を見て南方へのロマンをかきたてられ詩を書いた詩人がいましたっけ・・・
『遠き島より~流れ来る~♪ ヤシの実一つ~♪』
展示物は多様にして多種類が、しかし、整然と展示されていました。掲示の横に「徳島漂着物研究会」という文字が見えましたから、同好的なグループが徳島にもいるんですね。
雑然と集める人もいるけどやはり、個人的には好きなものを決めて集める人が多いですね。漂着物はたくさんありますが、私が気に入った(自分でもこんなのができたらいいなという)のを2つ紹介します。
一つは下の動物の死骸の殻です。
エビのように見えますがこれオウムガイです。といっても巻貝のようにも見えますが、実はイカやタコの仲間なんです。生きた化石といわれていて日本には生息していなくてフィリピン沖の南方のものです。
この死骸、体はなくなっても巻貝のようなからは残り、プカプカ浮いて漂着するそうです。鳴門の海岸にも漂着したそうです。
これなどはお宝漂着物といっていいほど値打ちのあるモノです。(ホントはね、これオークションに出せば驚くほど高値がつくから収集の意欲が湧いたわけでして・・・)何せ2億年前くらいからのアンモナイトの生きた化石といわれてますからね。下が8000万年前に滅びたアンモナイトです。
どうです、オウムガイに似てるでしょ。でもこちらは直径数メートルの巨大な生き物です(オウムガイは数十センチ)。いまこんなのがいると、たくさんのイカの握りやイカそうめん、スルメ、イカの刺身がとれそうですね。
二つ目は人工物で、ガラスです。
「え~~っ!海岸のガラスなんか凶器じゃろ、踏んで大けがするわ!」
との声が聞こえてきそうですが、皆さんも海岸でご覧になったことありませんか?長く波にもまれて海底を転がっていると、角はとれて丸くなり、表面も擦れて半透明の不思議な光沢をしたガラスになります。見るとなんか色とりどりの瑪瑙(メノウ)のように見えます。
これをビーチグラスといいます。
どうです。綺麗でしょ。これを集めると工芸品や美術品の材料になり、なかなか素晴らしい作品が誕生します。例えば、内から光を放ち、その光がこのビーチグラスを通して幻想的な雰囲気を醸し出す『ランプシェード』などです。
今日は、思いもかけなかった面白い趣味・収集の世界を垣間見た日でした。
あとがき チ〇ポの鋳型が見られなかった結果、今日のブログは趣味・収集の世界で美しくまとまりました。下ネタ続きにならんでよかった~
2012年5月3日木曜日
ほのかに夢に見えたまふ
今も昔も霊感を感じる人はいるようである。いるようである。といったのは、私はそのような類の体験をしたことがないのでどんな「感じ」かわからない。
私はそれは体質的なものがあるんじゃないかな、と思っている。前に『脳と悟り』についての記事を読んだが、体が浮揚したような感じ、や天地が光で満たされる、あるいは至上の幸福感、また目にみえないものを強く知覚すること、に容易に達する体質を持った「脳」がある。もちろん経験や努力でそのような境地に達することもできるだろうが、要するに「容易」ではない。
一生のうちに一度くらいはそんな「霊感」の高揚感とでもいうものを味わってみたいが、生まれつきの体質なのだろう、頑固に現実世界、眼前に見える世界から「ぶっ飛んで」は行かない。
霊感を強く感じたり、容易に神秘的な体験をする人は、なんか素晴らしい幸福をもたらしそうに思うが、そうとも限るまい。天の配剤とでもいおうか、天賦の才能を与える神様はよく考えていて、霊感あるいは神秘的な能力には苦悩を同時に与えたようである。
世の霊能力者や宗教の教祖などを見ても我々以上に悩んでいる。むしろ異能を持ったために苦しんだり、不幸になるケースもある。
今も昔も・・いる。といったが、それはごく少数であって多くの人はそんな能力を持っていない、あるいはそんな能力は眠ったままか何かは知らないが、そんな体験をせずに一生を過ごす人がほとんどである。これも今も昔も同じである。
しかし、そんな霊能力のない人でも、擬似的かも知れないが霊的あるいは神秘的体験をする方法がある。中世人はよくその方法をとった。
今日は『石山寺縁起』の絵巻からそれを紹介します。
まずは幾つかの絵をご覧ください。
寺の本堂で祈願のためお籠り(徹夜でお祈り)をしています。褥(緑の畳)が敷かれている上の人々がそうです。
徹夜のお籠りであっても、さすが明方近くなったら睡魔が襲ってきて眠くなります。そんな時、ついうとうと微睡(まどろ)みます。こういう時、無理に抵抗して起きてはいません。横になり、明方のまどろみに身をまかせます。
右の立膝の男は今にも崩れかかっています。烏帽子がコロンと脱げて落ちました。左の端の女性は被きをかぶって完全に寝ています。上の男も寝ていて僧が樒の葉を口にもって行っています。何かの祈祷でしょうか。
このように明方、まどろむとき、人々は夢うつつの状態で神や仏の言葉を聞いたり、霊感を得たのです。
現代では、このように眠りの浅い時はいやに現実感のある夢を多く見ることが科学的にも知られていて、いくら明確な夢であってもそれは単なる夢としか見ませんが、中世の人は、明方の夢うつつの状態で見る夢を純然たる夢とは解釈しませんでした。そこには「あるもの」が降臨していると見たのです。
覚醒中に霊感の弱い人でもこのように神社・仏閣にお籠りして明方の夢うつつの中に「あるもの」を感じ取ったのです。
夢を見ない人はまずいません。おまけに祈る場であるお堂で夜通し起きて、明方ついうとうとすれば、まず、多くの人は何らかの夢を見るはずです。その中に「あるもの」(神・仏、亡くなった人の魂、生霊、さらには予知、運命も)を感じ取ったのです。
上の寝ている女性は、観音様に祈っていたのでしょう。ついに明方、微睡みの中に観音様が現れました。
このように霊感やいわゆる第六感が敏感でない人もこのような方法によって「あるもの」の示現を得たのです。
中世が終わるとこのように神社・仏閣にお籠りして、明方のまどろみの中に神や仏そのほかに会う、というやり方は流行らなくなります。
でも、霊感や第六感の全く働かない私から言わせれば、こういう方法を今また試してみたい気もします。
お籠りして徹夜で祈りや瞑想をさせてくれる神社や仏閣のお堂は今、ほとんどありません。しかし、我が町の山岳宗教の中心寺「高越山寺」は本堂が泊まれるようになっているので、私の寿命があるうちに試してみたいと思いますが、さてどうなるでしょう。
中世のこのような状況を歌った今様があります。
仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあわれなる 人の音せぬ暁に 仄(ほの)かに夢にみえたまふ
付録
この絵巻で技術史的な注目のからくり(機械)を発見しましたので載せておきます。鎌倉時代末にこのような動力機関があったんですね。ちょっと驚きました。
揚水水車(自動的に水を汲みあげ高い場所に送る水車装置)です。
世間は四連休よなぅ さらさらさっと過ぎよなぅ
5月3日、四連休が始まったようである。あんまし、私にはかかわりのないことと思っていたが、徳島駅を降りてびっくり仰天した。
改札口をでると今までここ徳島駅では見たことがないくらいの大勢の人。ボニの期間中より多い。雑踏をかき分けるような感じで駅の出口から出ると歩道も人でいっぱい。見ると整然と並んでいるようだ。その列はずらずら続いてクレメントホテルの入り口を通り過ぎたあたりまで達している。
自転車をとりに行くためポッポ街を通ったがここも人がいっぱい。
車道も車があふれかえっている。自転車でどっか行こうと思ったが、どこもかしこも満員が予想されるので
「や~~~めた!」
そごうの図書館で2時間ほど静かに読書して帰ってきた。
これでよ~くわかった。連休中は人の多いところにはあえて行くまいと。
行くにしても近くの人の行かないところで楽しもうやぁっと~!
私のように365日が休日のものはこの期間、無理してわざわざ雑踏を求めに行く必要なんかない。連休が過ぎてから活動すればよい。
『世間は四連休よなぅ、さらさらさっと過ぎよなぅ』
図書館で面白い案内を見た。今、徳島文化の森美術館で展示会をやってるがその中の一つの案内パンフを見て
「にんまり」
ナニナニ、架空の動物?
って、これ、おとこのあそこを粘土で雌型にとり、石膏を流して作ったんじゃあないのか?まさかな!
う~~ん、こういう芸術家とわたしは相性がよさそうだ。お友達になれるかもしれない。
皐月闇(さつきやみ)天鈿女命(アメノウズメのミコト)大ストリップショー
日時・5月21日 午前7時開演
場所・阿波しらさぎ大橋・東歩道
神聖な踊りですのでお戯れ、お触りは固くお断りいたします。ご祈祷料は皆様の寸志にお任せいたします。
古事記にちなみ天鈿女命(アメノウズメのミコト)が太陽神(アマテラス)を呼び戻すため、阿波しらさぎ大橋で踊りを踊るの図
場所・阿波しらさぎ大橋・東歩道
神聖な踊りですのでお戯れ、お触りは固くお断りいたします。ご祈祷料は皆様の寸志にお任せいたします。
古事記にちなみ天鈿女命(アメノウズメのミコト)が太陽神(アマテラス)を呼び戻すため、阿波しらさぎ大橋で踊りを踊るの図
徳島県庁が企画してこんなことをホントにやればいいと思います。何せ、神道の聖典『古事記』に基づいた踊りですので、何らいかがわしくも卑猥でもありません。
全国的にも注目を集めること請け合いです。阿波しらさぎ大橋、一躍、有名になります。当日は押すな押すなの大盛況間違いなし。
ねぇ~~、やりましょうよ~。知事さん!
2012年5月2日水曜日
よい子の科学 追伸
日食の期待が大きく、わが天空や地上の環境が実際どのようになるのか興味がある。
実は金環食も皆既日食のようにこうなることを期待してましたが・・・・・・・
ところがどうもそうはならない。太陽の光は極めて強くたとえ5パーセントであっても空は明るい。
徳島での太陽の隠される割合は93,8%だから上図のようなことにはならない。まして星など見えない。
じゃあ、どうだ?薄暗く夕闇か
これでもまだ暗すぎる。陽光は縁から漏れ出てもっと明るい。
じゃあ、夕暮れのように空は赤っぽくなるのか?
これでもまだ暗ければ・・・・
なんだ!これじゃあ、普段と変わらんじゃん!
こうなると思うとったのにぃ~~~
ホントはどうなるのだろう?早く見てみたい。
金環食の歌があったので貼り付けておきます。
実は金環食も皆既日食のようにこうなることを期待してましたが・・・・・・・
ところがどうもそうはならない。太陽の光は極めて強くたとえ5パーセントであっても空は明るい。
徳島での太陽の隠される割合は93,8%だから上図のようなことにはならない。まして星など見えない。
じゃあ、どうだ?薄暗く夕闇か
これでもまだ暗すぎる。陽光は縁から漏れ出てもっと明るい。
じゃあ、夕暮れのように空は赤っぽくなるのか?
これでもまだ暗ければ・・・・
なんだ!これじゃあ、普段と変わらんじゃん!
こうなると思うとったのにぃ~~~
ホントはどうなるのだろう?早く見てみたい。
金環食の歌があったので貼り付けておきます。
よい子の科学 金環食
もうすぐ世紀のショー『金環食』が起こる5月21日が来ますね。最大の見せ場となる時刻は徳島では朝の7時30分少し前、お昼の太陽高度が高くなってるときがいいような気もするが、5月になれば日の出も早くなり、この時刻だと太陽高度は30度近いから見る高度としては(真上だと首が痛くなる)ちょうどいいかもしれませんね。
ただ、心配なのはお天気です。曇ったり雨が降ったら、たとえ何百年に一回の稀有な現象であっても見られません。こういうことに関しては天文・自然は非情ですね。
この日は月曜日、でもちょうど仕事の始まる前だから、多くの人はどこかで見られるはずですね。見逃すのはちょっと惜しい気がします。この徳島地域で金環食が見られたのは前回は1730年、江戸時代の享保15年、暴れん坊将軍吉宗の時代ですからかれこれ300年ぶりです。5回くらい人生を送らねば見られない現象ですから、是非、見ましょう。
さて日蝕の原理ですがこれはもう説明するまでもなく皆さん知っていますから、省きます。科学的な説明より、伝説・民話の方が面白いものが多くあります。
今日はその中よりインドの伝説をちょっとお話しします。
だからインドでは日蝕の光を浴びず、家に閉じこもったり、聖なる河ガンジスで沐浴をしたりするといいます。
日本では蝕に関してはこんな伝説があります。私のブログからですがご覧ください。
ここクリック
われらは日本人ですから日本の伝統を重んじ、『古事記』の言うようにおなご衆が
「胸乳(むなち)をかき出(い)で裳緒(もひも)を陰(ほと)に押し垂れき」
して天岩戸前で古代ストリップショーをしてくれないかと、ひそかに妄想するのですが・・不謹慎でした。
徳島での金環食はこのようになります。
まず、金環食といっても次のような場合があります。
じゃあ、徳島の場合は?
徳島はBの方で、中心より少し偏りますが、真ん中にはすっぽり入る金環食です。
それではもう少し正確な時間を見てみましょう。
その日が近づくと日蝕グッズが売り切れたりしますから早めに、用意するといいですね。便乗で暴利をむさぼる輩が出るかもしれません。簡単手作り日食観測フィルタをご紹介します。(注意!直接太陽を見ないようにしてくださいよ!)
まずは、透明ガラスの小さな板、ロウソクを用意してください。下のようにして煤をつけます。濃さ、万遍なさ、は自分で調節してください。ろうそくの煤はキメが細かく、太陽観察のフィルターにはよいものです。
そんな用意ができない場合でも高価なグッズを買う必要はありません。黒のビニルのゴミ袋を手に入れましょう。シートを何枚か重ねればフィルターができます。
もう一つの天文ショーのお知らせ
来月の6月6日、今度はなんと!太陽を金星が横切るという大変珍しい現象があります。これは日食以上に少なく、およそ243年にたった4回しかチャンスはありません。
時刻は朝の7時過ぎから昼の1時半までかなり長いので、観察にはいいでしょう。
今回の日食フィルターで肉眼でも見られますが、金星は太陽に比べると小さいですから見える見えないは個人差があると思います。
太陽投射板が付いた望遠鏡ならゴマ粒のような金星が太陽面を通過するのが見られます。(肉眼では絶対見てはいけません)
※ちなみに太陽通過時の金星の見かけ上の大きさは太陽の30分の1です。
2012年5月1日火曜日
世紀のショーのお知らせ
世紀のショーのポスターが出来ました。是非、このショーをご覧ください。
どうせまたやまさんの妄想と思っているんでしょ。
ところが今回は大真面目、日時・場所を違わなければ世紀のショーが見られます。
「え?上のポスターだけでは、何のことやらわからん?」
それでは少し説明しましょう。サメが金柑を食べております。すなわち
『金環食』
ホントはこう!
この間、シラサギ橋を渡って、さえぎるもののない東の海を見た時、今月の世紀の天文ショーの舞台にぴったりと、やまさん、ひそかにこの場所を見つけておりました。
憎からず思っているお相手とどうでしょうか。同じところに住んでいるものにとって、5度くらい人生を生きねば見られない稀有な天文現象です。
「こんな稀有なこの瞬間、僕は君と今ここに一緒にいられる!しあわせだなぁ~」
そんな言葉を囁きませう。
なお、科学的なことについては次回ブログ『ジョージと勉強するよい子の科学』でお送りいたします。
どうせまたやまさんの妄想と思っているんでしょ。
ところが今回は大真面目、日時・場所を違わなければ世紀のショーが見られます。
「え?上のポスターだけでは、何のことやらわからん?」
それでは少し説明しましょう。サメが金柑を食べております。すなわち
『金環食』
ホントはこう!
この間、シラサギ橋を渡って、さえぎるもののない東の海を見た時、今月の世紀の天文ショーの舞台にぴったりと、やまさん、ひそかにこの場所を見つけておりました。
憎からず思っているお相手とどうでしょうか。同じところに住んでいるものにとって、5度くらい人生を生きねば見られない稀有な天文現象です。
「こんな稀有なこの瞬間、僕は君と今ここに一緒にいられる!しあわせだなぁ~」
そんな言葉を囁きませう。
なお、科学的なことについては次回ブログ『ジョージと勉強するよい子の科学』でお送りいたします。
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