早朝、持病が出て心配したが無事におさまりホッとしている。そのため眠りも浅く、体もしゃんとせず、今日もあまり外へは出なかった。
不健全に家でボーっとしていると妄想が憑りついてくる。
今日の妄想は、楽して大金を手にできぬものか、というもの。
妄想だから手前勝手に何でも都合よく、あり得ぬこともなんのその、ありもせぬ大金を手にしたように興奮してくる。
たなぼたで大金を得るには?
あなたまかせで自分が全く努力なしに手にできる道の一つは、宝くじに当たること、もとで300円で億の金を得られる。
「ああ、これから死ぬまで贅沢三昧できる。」
ただ、当たる確率は極めて低く、やすやすとは実現しない。
次は、思わぬ遺産が転がり込んでくること、父方はみんなわかっていて、そんな遺産を残して死んでくれそうな親戚はいない。母方はよく知らないから、もしかしたらブラジルで成功した親戚がいて跡継ぎもなく、私まで遺産がまわってこないか。
まず、ありえないわな。
そして、たなぼたではなく、ホンのちょっと努力するだけで大金をせしめる方法。
思いつくのは、アイデア、特許、実用新案、生み出すのに少々苦労するが、一回当たれば、寝ていても権利に伴う大金が入ってくる。
大きく当たれば、小出しにする必要なく、たった一回、ポコッと生むだけでいいが、かなりな創造性は求められる。
凡人がまぐれあたりにできるかしら。
「うーん、難しい」
所詮、妄想にすぎず、こんなことを考えていても明日を生きる力が湧いてくるわけではない。地道にコツコツ金を儲けるのが最善なんでしょうな。
などど、思いながら、NHKテレビを見ていると昭和54年に放送された古い紀行番組をやっている。冬の北海道のようである。ナレーションを某俳優がやっているが、その人の歌が画面に流れ出した。この曲、自作自演である。ミリオンセラーとなり印税で大もうけしたはずである。
「あ、このやろー、どずんべらこく、うまくやったやつじゃ。」
これがはじめて出たとき、私は真っ先に替え歌かと思った。ある曲にそっくりだったからである。しかし、みるとこの人の作詞作曲となっている。
「そんな、馬鹿な!どうみてもオリジナルの編曲程度ではないか!」
しかし、今に至るまで自作を押し通している。なぜ?私が推測するに、一つはオリジナルは古い文部省の唱歌であるので、目くじらたてて訴える人がいなかったこと、二つ目は俳優の大御所的存在だから文句も言えなかったのではないか。
もう数十年も昔のことであるが、当時、公憤をおぼえたものである。
今となると、公憤よりも、
「ちくしょう、盗作まがいのことして、楽して、大金をせしめた、うらやまし~」
という気持ちの方が勝っている。
TVを見ながら、
「楽してドーンと儲けるこんなやり方もあったんじゃ」
「わたしも似たようなことできんかいな。」
この人の告発をするのが目的ではないので具体的なことを書くのはやめますが、オリジナルの文部省唱歌を入れておきます。聴いてみてください。ある程度の年上なら思い当るかも。
でも違法すれすれで儲けるのはいくらなんでもね。
1 件のコメント:
違法すれすれで、儲ける人は、罪意識なんかは、ないのではないでしょうか?憎まれっ子 世にはばかるですね。
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