2013年1月31日木曜日

春霞立つや・・・と言いたいところだけど


 寒中でありながら今日は晴天で昼ごろには気温が12度にも上昇するとのことで街中から南山のふもとを歩こうと十時過ぎ鮎喰駅で降りた。
 南へ少し歩きJR線と平行に走っている旧街道を歩くと蔵本の運動公園へ出た。そこから山を見るとボンヤリ霞んでいる。

 冬の空気の澄んでいる日は眉山山頂、スカイランド眉山などもくっきり見えるが、霞んではっきり見えない。

 『春霞か?はたまた黄砂か?』

 どちらも春の歳時記である。優雅に詩情に浸り、一句といいたいが・・・・・・・

 北京が史上最悪のスモッグに覆われて大変だとニュースで聞いたのは二日前である。発がん物質だのその他の有害物質をたっぷり含んだ濃厚な空気のスープに北京は覆われているらしい。

 『自業自得か!』

 と突き放してさめた見方をしたいが、そのあとのニュースの続きには冷やりとした。

 『わが国も対岸の火事と、人ごとでは済ませれません、その超微粒子の飛来物質は偏西風や黄砂に乗って西日本まで飛来します。』

 まったくもって迷惑な国だ。日○友好というが、この国、何かすかれるような事があるだろうか、探すのに苦労する。卑近な例ではごみ屋敷のおばはんが不潔を振り撒き、まわりに迷惑をかけることがあるが、結局、近所や町内会が片付けなければならないみたいだ。日本も因果な国の横に位置したものだ。

 ・・・・・・・って、今日はボヤキになりました。でも最後は美しくまとめましょう。
 和泉式部女史の和歌より

 春霞たつやおそきと山川の岩間をくくる音きこゆなり 

 立春もまだの今日、春霞立つや遅きとは言えないが、午後の暖かさは春そのもの、暖かさに誘われ南山の麓から山中に入りました、しばらく行くと小滝がありこの和歌のように音が聞こえてきました。春らしい水音に聞こえるでしょうか。

2013年1月29日火曜日

えっとぶりに歩いてくたぶれた

 
 天気がよく、風もない今日、国府駅から考古資料館まで歩いた。片道40分あまりである。資料館のテーマは『蔵本・庄町の考古資料』だった。

 「おもっしょいんかいなぁ~」と期待していったが期待外れ、錆もぶれの鉄器らしきものだの、石のかけらとしか見えないものばかり、特に紹介するようなものはなかった。

 唯一、縄文時代のジオラマがあったので動画に撮った。


 行き帰りに札所の観音寺のすぐ前を通ったがお参りはしなかった。

 えっとぶりに長距離歩いてくたびれかえった。

2013年1月28日月曜日

雪の朝


 雪は昨夜のうちに止んだが気温が低かったため、積雪が残り、凍りついた朝となった。

 川も凍っている

 道も雪
 公園
 寒椿も雪を被っている

2013年1月24日木曜日

マラソンマン

 マラソンマンさんは50代だけどまだ青年のようにみえる。マラソンをしているため無駄な贅肉が全くないからそう見えるのか、走るときは無心に走るという心構えが青年のように見せているのか、どちらかわからないがたぶんその両方だろう。

 フルマラソンの大会にも積極的に出ている。来月は丸亀、そして高知でも走るといっていた。もちろん徳島マラソンにも出る。仕事や家庭の雑用で忙しいのに練習の為に暇なときは走っている。

 42キロ走るマラソンマンさん、無理はしないといっていたが完走するだけでも大したもんだと思う。動物の中には走ることにかけてはヒトよりずっと早いのがいるが、42キロ持続して走れる動物はヒト以外いない。まして2本足で長距離走できるのはヒトのみである。

 タッタッタッタ、マラソンマンさんは今日も走る

2013年1月20日日曜日

一人プロモーション

 
 駅前で一人プロモーションをやっていた若い女の子がいた。歌はそこそこ。CDも出しているようなのでプロかセミプロだろう。
 寒い中ご苦労だ、といいつつ、暇な私は足を止めて聞いてみた。

 聴衆は私だけ、近寄って発売アルバムを見てみると

 名前は『おが姫』というらしい、永遠の女子高生、と書いてある、おいおい、おっさん相手のアルサロか!一人AKBとも

 「ふーん、ローカルアイドルって書いてある。CD一枚500円か。演歌歌手なら応援に一枚買ってもいいんだけどな、AKBは趣味じゃない」

 出でよ!振袖演歌歌手

2013年1月19日土曜日

ニュース雑感

日本人アルジェで人質にとられ心配する

 大規模天然ガス採掘施設が過激派に襲われ、大勢が人質にされた。時間を置かずアルジェ政府軍が犯行グループを急襲したようだ。犯人、人質入り乱れての大混乱となった。
 まず、犯人は外国人従業員を人質に狙った。価値が高いからだ。反対にアルジェ人は寛大だった(人質の価値がないからか?)、で外国人の中にはアルジェ人になりすまし逃げた人もいると聞く。

 そんな話を聞くにつけ、日本人は隠れようがないなぁ、と思う。だいたい欧米系の人のホリの深い顔もアルジェ人の顔もさして変わらない。暑い砂漠でほこりまみれ日焼けすれば、欧米もアルジェも見分けがつかない。混乱の中、蜘蛛の子を散らすように逃げる中でこの両者の区別はつけにくい。

 ところが外人の中で日本人はもうこれは一目瞭然である。隠しようがない。

 「いや、ちゃう、ちゃう、わいはアルジェ人じゃ」

 などと言っても絶対見逃すはずはない。ホリの深い野郎ばかりに取り囲まれ、へらべったい顔のわが日本人は一番わかりやすい。犯人にしてみればこれほど捜しやすい人質はないだろう。

 アジアだと日本人も目立たないのだが、ここらあたりは外形容姿が目立ちすぎる。というか日本人のような顔をした人など一人もいない。たいへんなところで人質にとられたものである。

 何とか無事が確認されればよいと思っている。

1ドル90円台に、100円マックも終わりか

 円安にならば景気が良くなるというがインフレ傾向も出てくるという。そんな中、100円マックも見直し、値上げかも、という話しも出て来た。

 200円の朝マックも終わりか・・・

共通一次テストはじまる

 人は体力の衰えを気にする。体力テストをしてみれば若い人にはかなわないことがわかる。年齢と共に落ちていく。

 しかし『知力』はどうだろう。知力では若い者には負けないと思っているのではないか、ここで『知力』と断っているのがミソである。決して学力といっていない、知力とは少なくとも5択の筆記テストでは測れないものである。しかし、もし測れないなとするならば、そもそも落ちていてもわからないではないか。

 たまにはどうだろう、学力に限定し、高校生に比べ、どれくらい共通一次で得点できるか、自分で問題を解いて調べてみては?明日の朝刊に問題が載るだろう。

 国語や英語、歴史くらいは平均点はとれるだろう 、と思っているあなた!歯が立たず、大きなショックを受けるのも、今後のためにいいかもしれませんぞ。

2013年1月17日木曜日

ノラな生き方


 『ノラな生き方』というとほとんどの人は野良(のら)、つまり、野良猫や野良犬のような生き方を思いますよね。よい生き方としてはあまり使いませんよね。
 そんな生き方を、ふと思ったのは、夕べ久しぶりに訪れた阿波川島駅でした。

 暗くなった駅舎のベンチの下にささやかな寝床と飯椀を設えてもらったあの駅長猫(私が勝手にそう名づけた)がいたのです。

 以前、ブログで初めて紹介してからすでに2年がたちますが、このように丸々と太って元気なのです。

 その日暮らしどころか、前後の記憶能力のきわめて低い猫などは、その時(瞬間のみを生きる)暮らし、本能の赴くまま生き、食べ物などもくれる人があればもらい、なければ猫盗人となる『あなた任せ、風任せのおいらの世界』

 発情すれば、オス猫と遠慮会釈なく、まさにサカリのついた猫で、やり狂い。勝手に子猫を腹からひり出す。子猫のうちは本能で舐めもするし、乳もやるが、少し大きくなれば、わしゃしら~~ん。

 まことにノラな猫人生

 以前いくつも紹介したのですが過去のそのブログの一部をご覧ください。

 ここクリック

 ここくりっく

 これでは長生きなど出来はすまいと思い、写真を撮りながら哀さを催していた。
 ところがもう一年以上にもなる昨夜の川島駅でのノラとの再会・・・

 「なんとしたたかに生きているものか!」

 ノラな生き方、のノラは野良、ととればこのような野良犬野良猫のような飼う人もいないし保護する人もいない、しかしそれだけに頸木や絆もない自由奔放な野生に近い放浪する動物あるいはそれに例えた人のような生き方になりますね。

 もう一つの『ノラな生き方』というのもあります。現代の人はノラの生き方といえば野良をイメージするでしょうが、大正から昭和の初めの頃の人が、ノラな生き方、と聞いた場合はある女性の生き方を頭にすぐ思い浮かべたはずです。

 それはイプセン作・戯曲『人形の家』の女主人公ノラです。テレビもないし、映画もそれほど普及していなかったこの時代、人々は舞台によってこのノラの生き方を知ったのでした。
 なぜ北欧の戯曲が日本で人気を博したのかというと、それは日本で初めて女優ともいえる松井須磨子の人気によってでした。

 彼女の演じるノラ(妻)は人々、特に女性にセンセーショナルな衝撃をもたらします。

 この時代、日本の女性は結婚すれば夫に従うものと思われていました。貞淑で従順な妻が美徳とされたのでした。民法上でも男性のような地位はなく、法律行為を行う場合でも妻は夫の後見が必要でした。

 極端な言い方をすれば女性は自立した人格を有する人とは認められなかったのです。それじゃあ、あたい結婚なんかいやだわ、と言って結婚もせず仕事を持ち自立して生きることはほとんど不可能なものでした。

 こんな時代、舞台で演じられたノラは、人格を認めてくれない夫に対し、自ら家を出る決意をするのです。

 これはこの時代の日本の女性から見れば革命的な出来事でした。女性の自立、ということが劇中とはいえ社会的な問題として提起された最初といっていいでしょう。
 (下は松井須磨子の演じるノラ・人形の家)


 今、こんなノラの話をしても皆さん全然実感がありませんね。今、女性は法的にも平等、別に夫に縛り付けられる存在でもない。自由に離婚して家を出ることもできますからね。

 『昔は一緒に歩いていても妻は夫に従うものとされ、三歩下がって夫の後をしずしずと・・・・・それが今や、気に入らねば、三歩下がって夫にとび蹴り・・・いや、言いすぎました。男女平等のイイ世の中です。』

 自由な生き方をするという意味では猫の野良も女主人公のノラも同じですね。