2012年1月8日日曜日

偏屈な爺さんですからちょっと言わせてもらいます


 邦画もそうであるが最近のTVのオリジナリティーもずいぶん低下したなあと思う。先ほど、唯一受信できるBSで6時から今年のNHK大河ドラマの第一回を見ての感想である。
 最近のCGの発達、金をかけた時代衣装で、平安末の風俗、建物、衣装などは、さすがNHKだけあって時代考証の観点からは及第点だが、話の筋に無理というか違和感がある。

 オープニングにどこの国の「剣」(刀でないことに注意、刀は片刃で日本刀はそりがありこの時代の刀は最も美しいそりの形であるが、ドラマは剣・両刃でまっすぐの西洋や中国・朝鮮の剣!)かわからぬ船端に突き刺してる剣をアーサー王よろしく若き清盛が引っこ抜くとこらから、違和感たっぷり、

 「早くも無国籍ドラマの雰囲気が漂い始める。」

 船のエクスカリバーならぬ「剣」を抜くところから、平家は海のパイオニアとしての方向性、ドラマのこれからの発展を象徴させているのだろうが、「平家物語」にいくらなんでもアーサー王はない!オリジナリティーも糞もなくアイデアを引っ張ってきたんだろう。
 確かに清盛は法皇(元天皇)の落としだねの設定だから、王者の資格は持っている。それが将来実際に最高権力者に上り詰めるのだからただの少年が王になるというアーサー王に重ねるのはわかる気がするが、やまさんごときに見破られるようではいけない!

 また清盛の父が海賊を退治するため船を縦横無尽に飛び回るシーンがある。ターザンのようにマストの上から垂れ下がった綱にブラ下がり、となりの船に乗り移るところは

 「パイレーツオブカリビアン」

 いや~~やってくれますね。だけど安易すぎないですか???

 ドラマが始まり、法皇の胤である清盛を産んだ女を探しだし、王家に災いをなす「子」だから、殺せ!と命じるあたりは

  「いったいそんな話、史実のどこにあるの?多少のウソは許されるとしても、そんな母子ともに殺すなんどというおおげさな設定ありか?」

 で、よ~く考えると前月やまさんが勉強していた「聖書」のキリスト誕生でユダヤ、ヘロデ王が同じことを言ってマリア母子を殺そうとするところがある。

 「なるほど、荒唐無稽と思っていたが、えへへへへ、NHKはん、ここからパクッたんでおますなぁ」

 ドラマの中で「王家が、王家が・・」というのが耳についた、確かに皇室を当時王家と呼ぶ言い方はあったが、ドラマで頻繁に使うのであるイメージが浮かんできた。考えてみると、荒唐無稽な筋の韓国時代劇を彷彿とさせるものがあり、なるほど、あり得ぬ筋を入れたり、言葉遣いなど、もしかして韓流時代劇好きのおば様におもねっているのか、という疑いが・・そうならば、なるほど王家とか王とかいう言葉が韓国時代劇では当たり前だから、納得できるが、ここでもやまさんごときにそんな風に見られるようではオリジナリティはありまへんなぁ~。

 歴史好きから見れば突っ込み所満載どころか、唖然茫然としかねないようなドラマになりそうな予感が一回目からしております。
 ある意味、目が離せぬ、何をしでかすかわからぬドキドキ、ということでおもしろい大河になりそうです。(去年のお江などはあほらしゅうて話題にもできませんでしたが)

 さて配役ですが、清盛の父、これは見事!皮肉なしで適役、このままずっとこの人が主役で大河を引っ張れたらいいんでしょうがそうもいきますまい。デスノートのL・エルたらいうのが主役だそうではたしてどうなるか?大根になるかハムになるか(英語では大根役者をハムというらしい)

 でこの二人
 法皇とその愛妾祇園の女御ですがシビヤーな役なんだけど、私が見ると「お笑い」にしか見えない。ま、これは私の偏見でしょうね。聖子もちょっとは役者としての芸が上達したのでしょうか?
 昔、悲恋物語の「野菊の墓」の民さんを主演しました。私見に行きましたが、泣かせるところで劇場内から笑いが起こったというある意味稀有な女優でした。

 そうそう、これでよくわかった別の女優がいました。このドラマのオープニングで頼朝が出てきます。この頼朝が一年間ドラマのナレーションもするんだけど、その横に嫁はんの政子がいました。けったいな化粧と衣装で(いったい時代劇のデザインをなんと思っているんでしょうずいぶんシュールでしたぞ)妙な女優でした。
 「昔、読んだ漫画に出てた化け物、デロリンマンに似てました。さしずめ女デロリンマン。」

 後でクレジットを見ると、これが前にある人がいってた杏・妖怪人間、な~~るほど、百聞は一見に如かず、心より納得しました。

 もうケチをつけるばかりですが、いいとこもあります。風俗、衣装、大道具は他の時代劇と比べても見ごたえがあります。

 私!この時代の風俗大好きなんです。皆さん知ってましたか。私のブログの記念すべき一回目で取り上げたテーマはこれだったんです。
 ちなみにこれが第一回目のブログです。
http://koromonotate.blogspot.com/2010/10/blog-post_22.html
私のブログのルーツですから、この大河、妙な時代考証をすると
 「許しませんぞ!」
 下はドラマの中での中井貴一の直垂姿、りりしいです。満足度100パーセント

 それともう一つ見ていて私のゆかりの深いものが、
 殺される白拍子が「遊びをせんとや生まれけむ・・・♫」と今様を歌います。
 この時代の今様は、やまさんが修士論文で取り上げたテーマだったのです。

以前の訓練生にお会いしたこと


 MOTOさんも現在市立図書館を利用すれば3ヵ月借りだしができることをご存じで 、借りだしに行く機会に久しぶりにお会いした。
 一緒に訓練を受けた仲間である。楽しかった訓練もあっという間に終わり、年が変わった今、振り返ると、もう一昨年になる。

 「年々時の流れが速くなるなぁ~」

 という感慨には彼もうなずいていた。彼より私が20歳も年長であるが、彼と対座していると同級生、それもしっかりした同級生と話している気になる。訓練校で一緒に机を並べた仲間だからというだけではあるまい。社会経験、社交、世間の常識、そして何より意志力、決断力などは私よりはるかに長けている。

 私が大学時代、しっかりした同級の友人がいた。いろいろ助けてもらったりした。卒業以来あっていないが、そのしっかりした友に重ねてみてしまう。

 まさにその馬鹿な学生時代にかえったようなとりとめもない話に長々と、MOTOさんをつき合わせてしまった。私は人と話ができるだけでうれしく時の経過など全然気にしないが、今になって考えると
 
 「MOTOさん、迷惑だったろうなぁ」

 でもそのあとも芸術写真展覧会をみて、MOTOさんと「あ~だ、こ~だ」、さらにうどんを食べつつまだやまさんのおしゃべり。MOTOさん、内心うんざりだったんじゃないかな。

 老成とか老熟とかからはおよそ遠いところにいるやまさん。落ち着きなくがさつなのはガキと同じです。外見は白髭の爺さんなのにね。「老大成」はどこか別の人。

 還暦を過ぎ、やがてまた一つ年を取ろうかというのに全然進歩のないやまさんでした。

2012年1月7日土曜日

南海の楽園


 夕方、ホットカーペットの上でゴロンと横になった。先ほどまで文字通りの茶飲み友達に誘われて、キッチャ店に入り、チーズケーキとコヒを頂きながら「茶飲み話」をしていた。
 元日にあって以来、6日目である。元日、私が代わって運転していた新車に近いプリウスの前部を大きくこすって壊した。その後、恨み言も一切なく、また電話もなく、それだけに気になっていたが、昨夜、電話で

 「8万いるそうじゃ。はろうてくれるで。」

 と言われたのでちょっと安心した。もちろん私に支払い能力がないことは重々ご承知で、私に払わすつもりなどないことはわかっている。でもまあ、ちょっと恨み言を行ってくれる方が、こちらもいい。黙っていられるのが一番苦手である。

 安心したのか、今年になって人と会話するのが初めてでうれしいのか、キッチャ店でいつものようにしゃべりまくり、大声を出したので、いつものように

 「声が、うるさい!」

 といわれるいつものパターン。

 車をブチめいだくせに図々しく

 「温泉にでも連れて行ってくれないかなぁ~」

 とさすが、面と向かってはよういわず、帰ってホットカーペットで横になりながら考えていると、床からポカポカ暖かくいつの間にやら

 「すやすや」

 うたた寝から目覚めると、もう暗くなっている。立ち上がると急に寒さが襲ってきた。悪寒に近い震えを伴った寒さだ。

 「あ~、温泉もいいが、こう寒くては一過性だ。温泉に入り、一時的に極楽でも我が家に帰り、このように部屋でぽつねんといれば、結局、前にも増して寒くなるではないか。」

 「常夏の国、できればハワイ諸島やポリネシアに行きたいな。」

 いつものように妄想を働かせようと思ったが、妄想が効かない。
 そりゃそうだ!常夏の国になんぞ一度も行ったことがないから、そもそも妄想の描きようがない。

 「仕方ない!ゴーギャンのタヒチの絵と、ハワイの歌でも聞いて我慢するか!」

ファイル:Paul Gauguin 134.jpg


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2012年1月6日金曜日

アミコ6階


 私が徳島の大学に通っている頃、アミコはなかった。ここに以前なにがあったか知っている人は、もう50歳以上になっているだろうと思う。ここは以前、徳島市立「内町小学校」があった。再開発の計画で移転したが、小学校の跡地であったため広い敷地が確保でき、今見る大きなアミコビルになったのである。

 今このアミコビルで一番大きな面積を占めている店舗は「そごうデパート」である。そのそごうであるが正月2日、「初売り」の風景を見て驚いた。そごうがここにデパートを開いてもう30年にはなろうとしている。毎年だがいつも初売りは例の『福袋』で大賑わいである。ところが人が少ないのである。客はそこそこ入っているが、以前の初売りと比べると激減している。

 理由はもう推察の通り、郊外の大規模店舗、「フジグラン」加え、去年の暮れには「夢タウン」がオープンしたことである。客がそちらの方にドドドドドッと流れているのである。

 わが県は経済規模も小さく人口も80万をとっくの昔に切り、人口構成も高齢化が進み、貧弱な購買力しかもっていない。その購買層はいわば限られた「パイ」である。少ないパイを各店が奪い合うのだから、徳島の商業施設はあまり良い未来を期待できない。
 下手をすれば共倒れになりかねない。今のところは「そごう」の客の減少が起きている。

 「そごうは老舗デパートじゃけど、いけるんかいな?」

 と、まあ、最近思っていたが、今日、徳島市立図書館に行って本の返却・借りだしをしたら、今日借りた本の返却がなんと3か月後の4月7日になっている。

 「なんで?」

 問いたげな私が口を開く前に

 「図書館はアミコの6階に移転しますから長期閉館になります。」

 新しい移転先の広さを聞くと現在の2倍ほどあるという。ということは6階のフロアの大きな部分を占めるのだろう。
 アミコビルも客が減少しつつある現在、生き残りをかけて様々な有効利用を考えているのだろう。図書館となれば利用者も多いはずだ。

 でも考えれば昔、公共の学校は駅前の有効利用ではないとして、再開発の名のもとに大きな商業施設を作った。ところがモータリゼーション(ちょっと古い言葉か?)で郊外大規模店舗が発展、駅前そのものの価値が地盤沈下。そこで駅前は今また商業施設から公共物へ(図書館移転へ)、皮肉なものである。

 お利口さんな都市計画の人でも10年単位で先を見通すのは難しいのであろうか。
 さて、これから徳島の都市の景観、商業施設の重点地はどこになるんだろ。
 そんな先まで私は生きてはいないので

 「どうぞ、ご勝手に。」

追記
 『アミコ』妙なネーミングだ。30年前いわれを聞いたが忘れた。印欧語のどこかの言葉だと記憶に残っているが・・さてどこだったか。
 やまさん得意の語源学で考えれば、ラテン系の言葉の「アミ~ゴ」(友達、仲間)から来てる気がするが・・・ ami-という言葉は友情、友好、愛想などが関係している語源になる。アミーゴも同系である。そんなところだろう。

冬の風物、川の薄氷と駅伝


 夜のうちに雲が吹き払われていたのか、全天雲無く夜が明けました。放射冷却が強く、わが家の周辺では氷点下にかなり下がりました。ちょっと大袈裟ですが、

 「川が凍り、向こう岸まで氷結しました!」  (どんだけの幅の川じゃ!)



 昼過ぎ、買い物に国道に出たら女子駅伝をやってました。


2012年1月5日木曜日

トシちゃんのイラストへのオマージュ


 トシちゃんのイラストはやっぱり車が冴えてますね。真っ赤なスポーツカータイプの車、とってもかっこよかった。
 そこで敬意をこめてオマージュ作品にしました。
  
  オリジナルはこれです。
       http://naked0855.blogspot.com/


常用薬


 薬の世話にならず人生を全うできればいいが、加齢とともにいろいろな病気も取りついてくる。若いうちの病気は一過性のものが多く、薬を用いてもやがて治ればその薬ともおさらばできる。しかし年寄って得た病は慢性病や、その病で死に至るほど重症でなくても死ぬまで治らぬ病気が多い。そのため薬も長期にわたって用いなければならず、「常用薬」となる。

 心臓や糖尿病の薬などは常用を欠かすと命にかかわることもあって大変である。心臓発作の薬などはそのため常に肌身離さず持っている人もいる。

 私も毎日服用する常用薬がある。まだ今のところ一種類のみである。また、幸いなことにたとえ欠かした所で命にかかわるようなものではない。また症状が好転して薬をやめられる希望もある。
 しかし、今後、さまざまな病気を発症し、この常用薬が一つ増え二つ増え、増していく可能性は大いにある。

 ネットの便利なところはこの常用薬を打ち込むとさまざまな情報が瞬時にわかることである。そこで今日検索してみた。
 薬というものはその漢字の成り立ちからしてわかるように植物の有効成分を元にしたものから出発した。その後、化学的に合成された薬が出てきた。
 この私の服用している薬は、生理化学に基づいて理論的に生み出されたものである。大変複雑な生体化学反応(具体的にはホルモン系の生理)の一部分を阻害することにより、ある効果をもたらすものである。もちろん副作用もあるであろうが、情報によれば副作用は少なく、画期的、とまで言っている評価の高い薬みたいである。(しかし、ネットの欄の周りに散らばる薬屋のCMを見ると、薬屋の自画自賛のような気もする)

 薬を常用していると、副作用以外にも薬代が気になる。私のこの薬、朝、一カプセルのみの服用なんだけれど、これが高い!
 一か月の薬の処方が(30カプセル)で約一万円いる。ただし保険がきくので三千円余りである。健康には代えられないので高くてもやめることはできないし、また新薬であるため「ゼネリック薬」という選択肢もない。

 今日、病院へ行って薬の処方箋をもらった。現在、持病の症状は治まっている。そのためもあって、月に何度も病院へ行くのは嫌なので、二か月分処方してもらった。薬代は6000円いった。ちょっと痛い出費だったが仕方がない。
 何種類も常用薬をもらっている人は大変だなと思う。

 いい薬が開発されるのは患者にとって福音だが、値段もだんだん高価になり手が届かなくなったら困る。新薬はパテント料も含むのであろう。
 日本ではまずそういうことはなさそうであるが、貧しい国々ではエイズ新薬の薬代が高いため買えず死ぬ人があると聞く、なんとか安く手に入る方法がないものかと思う。

 さて、究極の福音の薬はなんだろう?

 「癌の特効薬」

 いやいや、究極というから

 「不死の薬」

 でもそれはあり得ない!

 私が思うにそれは

 「老化を極力防ぐ薬」

 そりゃそうだ18歳くらいの若さができるだけ長く続けば、病気にもかかりにくくなる道理である。容姿を若く美しく保てるばかりか、若いから病気にかからない。活力も知力も衰えない、一石多鳥の夢の薬である。
 億万長者は万金をはたいても買うだろう。