2011年6月5日日曜日

スキャンダル

 私は政治ネタはあまり好きじゃないんですけど、たまには取り上げます。ただし、ななめとか裏とかからね。
 確か二三日前にも取り上げたと思うんですが、お許しください。

 徳島では昨日発売の某写真週刊誌を今日は本屋で立ち読みしようと店頭に立ちました。

 おらがお国の代議士先生が、美人の高級淫売婦、いやごめんなさい間違えました。銀座の高級クラブのママさんと、あつ~い接吻して、ホテル代浮かすためかなんでか、ホテルはパスして議員宿舎でのお二人でお泊りを激写されたとかで、いま話題性のある写真週刊誌なんです。

 ところが

 「ない!」

 売り切れの札がかかっている。いつもなら昨日発売日で、売れ残りもわんさとあるのに!
 そうなると、ますます、見たい!というのがやまさん。
 おかげで、本屋を駆けずり回りました。
 でも。

 「じぇんじぇん、ない!」

 おっかし~ねぇ~!

 いえね。わたし、買い占めたとはいってませんよ。そして、奥さんのある身で不倫。
 許せん。
 などと、非難もしてませんよ。

 ちゃんと政治やってくれたら、妾の一人や二人、ごめん、愛人と言い換えます。

 「なんら、かまいません。いい為政者は色を好むもの、私は非難しません。大いにやって結構。」

 週刊誌発売前の前評判で、このママさん、ある女優似の超美人とのこと、代議士先生もイケメンで、わたしら庶民、見させていただくの楽しみにしてたんですよ。

 下世話好きの民草どもは、この週刊誌を目に焼き付け、今度、代議士先生さまが美人妻と一緒にお国入りされたとき、目引き袖引き、見たか!見たか!と噂しあいたかったのにぃ~

 下作なわれら庶民、美しい不倫スキャンダル、願わくは、われら匹夫が夢に見ても果たせない、目の前で奥様、愛人、美女同士の御確執(つかみ合い、ひきずりあい)を楽しみにしてたのに・・・・・・・・・・

 「あ~ぁ」

 え、真面目に選挙権行使せずにこんなスキャンダルにうつつをぬかすから、日本の政治はダメになるんだ。って?

 「ごもっとも。でも庶民なんて、所詮こんなもの、上の人の醜聞は蜜の味。スキャンダル、ゴシップはわれら大好き。」

 しぇんしぇい!どうどうと、胸張ってお国入りしてくださいよ。

2011年6月4日土曜日

海を眺め思う常世の国

 今日は晴天、しかし、梅雨の期間の晴天は空が青く見えない、空全体が白く光っているようだ。
 十時過ぎ、徳島駅裏から自転車を引っ張り出す。

 今日は最近ちょっと気に入っている北沖の洲の吉野川河口へ自転車で行った。潮風に吹かれ、ぼんやり海を眺めるのが何とも気持ちが良い。

 私の住む町は20数キロ内陸に入ったところにある。もちろん生活圏に海が見えるところなどない。普段は山や川を見て生活している。
 しかし、先日、北沖の洲や小松海岸の海を見てからというもの、あの日、心を空白にして海を眺めたときのことが忘れられず、天気がよくなったら無性に行きたくなった。

 普通の人は、見たくてもそうそう海岸まで行って海を見れないだろう。私は幸か不幸か暇はたっぷりある。思い立ったらいつでも行ける。
 ただ、車を持っていない。どこまでも自転車だから、風の強い時とか(先日、海岸堤防で自転車ごと吹き飛ばされそうになった)、雨の日とかは行くのが大変だ。
 雨の日の鉛色の空、鈍色の海の色なども眺めていたい気もするが、今のところは行けてない。

 護岸堤防に坐りそぞろに海を眺める。
 土曜日とあってかぽつぽつ人も見える。みんな、なんか目的を持っているように見える。バズーカ砲のようなカメラを抱えている人、ウエットスーツを着ている人、竿を垂らす人、などちらっと格好を見れば目的は推測できる。
 
 「ぼんやり、海を見てるだけの人はと????」

 50メートルむこうに青年が私と同じ体勢でいるのだが・・・・・
 しかし、よく見ると、本を開いている。(まぶしくないのだろか、)

 結局、ホントにぼんやりしてる人は、見渡せる範囲の500メートル四方、私だけ。
 
 気温も上昇しているので、浜では水遊びをしている家族がいた。

 人には、何か海へと駆り立てる本能があるのだろうか。
 私などは衝動的に、ほとんど、気が付いたら、海に来ていた。(ちょっとオーバーかな、)

 「いや、一概にそうとは言えまい。」

 海より山に引き籠るのが好きな人もいるだろう。最近流行りの(?)自然葬散骨だって、太平洋に撒いてほしい人もいるし、野山に散骨してほしい人だっているはずだ。
 海回帰もいれば、山回帰もいる。

 そういえば古事記(日本最古の現存する本)には、「海彦」、「山彦」が対比され、確執がある。人も両タイプあるのか?

 「しかし、それほど単純なものでもないだろう、現にわたしなど、両方回帰の傾向がある。」

 など、海を見つつ潮風に吹かれながらも、いらぬ妄執からは解脱できぬようで、いつもの下らぬ考えがぽこぽこ湧いてくる。

 「山回帰の人は、その先、どうなるのだろう?山は所詮、袋小路、それでも奥へ奥へと入って行くのだろうか。」

 「しかし、海回帰の人は?」

 行き止まりの海岸、あるいは岬に立ち、大海原を見て毎日暮らすのだろうか?
 
 人も世界もうんと若かった太古に想いを馳せる。

 太古、海回帰の人は毎日海を眺めているうちに、遥か海の彼方には「常世の国」があるに違いないと信じたに違いない。まあ、理想の、ロマンの国とでも解釈してください。
 そして、ある日、思い切って丸木舟などの手作りの原始的な船に乗って船出しただろう。海に飲み込まれ消えてしまった人も多かったが、新天地にたどり着いた人もいた。

 海に飲み込まれるかもしれない恐怖を克服し、常世の国を求め海原を渡る決断をした人の新天地で国づくりをしようとするポテンシャルは極めて高い。たとえその地に原住民がいても、進取の気性を持ち大海を冒険して渡った人に勝てるはずはない。
 きっと征服され、海の民が支配者になっただろう。

 太古、大陸から渡ってきた人が縄文人を服属させ、日本の国を作ったという説もそう考えれば信じられそうである。

 そういえば、西暦1533年、はるばると海を渡ってきたピサロ以下わずか180人のスペイン人は、あの大インカ帝国の喉笛を一瞬で噛み切り、永遠の消滅をもたらし、数百年の植民地を築いたのである。

 「おそろしや、海から渡ってきた人は!」

 「えーいいっちょう、私も、新天地をもとめ、海に乗り出そうか・・・・・」

 「いえいえ、この歳になって現実味を帯びてくるのは、海への入水自殺かも、トホホ。」

2011年6月3日金曜日

アマリリス

 山際の道を歩いていると、道の端の山手の斜面に鬼百合に似た花が咲いていた。百合の仲間ではなく、「アマリリス」である。花の形は似るが、こちらはユリ科ではなくヒガンバナ科、秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)や水仙と同じ分類に属する花である。

 派手で美しい花である。外国原産(南米)ではあるが、栽培はそう難しそうでなく、道の端にあるこのアマリリスは自然に花壇から半野生に広がったようである。

 アマリリスを見ると大昔、小学校の時縦笛でアマリリスを吹いたのを思い出す。曲もみじかく、メロディーもいたって簡単、縦笛(リコーダー)を初めて吹き始めた小学生の練習曲にもってこいだったのだろう。

 「ソ、ラ、ソ、ラ、ソ、ラ、ソ~」

 歌もついていた。

 「みんなできこう、楽しいオルゴールを~」

 この曲、お世辞にも上手に作曲したとはいえない。
 それだからこそ、小学生の練習曲になった。おかげで、この下手くそな曲がみんなに知られる曲となっている。

 大きくなって知ったが、この曲の作曲者はなんと「ルイ13世」フランス国王陛下、王様が手慰みに作った曲であったのだ。

 王者は芸術のパトロンとして芸術の発展に寄与する。しかし、自らが作品を作り、それが素晴らしい出来となり、芸術に貢献するか、というと、そういう例は古今東西数少ない。

 ルイ13世の作曲した「アマリリス」も数少ない例外とはならず、凡庸な(というか恥ずかしいような)出来となっている。

 ルイ13世は太陽王として絶対王政の絶頂期に君臨した14世ほど有名ではないが、「三銃士」の王様といえば思い出す方もいられるであろう。もっとも権力者としては宰相のリシュリューの方が有名である。

 この時代、「王権神授説」が絶対王政のイデオロギーとなっていた。王の権力は神から授かったもので神聖不可侵であると。
 権力・富も独占し、音楽的才能まで神に神授されていたなら、

 「神様、そりゃ、あんまりな・・・」

 しかし、このような凡庸な曲であったことで、ま、納得しましょう。

2011年6月2日木曜日

あら、おなつかしや、テンペスト君!

 図書館で今日の朝刊を読んでいた。某全国紙のローカル欄に目をやって

 「おや、ずいぶんフォーマルでネクタイ姿も似合っている青年だが、見たことあるぞ」

 じっと見ると

 「あら、なつかしや、テンペスト君」

 テンペスト君とは某セミナーで机を並べた仲、短い間だが、私は学友と思っている。その彼が写真入りで大きく載っている。
 しかし、彼の仕事上に関したトピックスであるため、彼の姿、顔より彼が持っている「スタンプを押した用紙」が主題だ。そのため彼の名前は出ていない。

 「おお、見落とすところじゃった。」

 それほど、セミナー中にくらべ雰囲気が違っている。
 実は、セミナー中は彼のこと、呼ぶときは〇〇さん。と、さん、づけで呼んでいましたが、今日新聞でのきりっとしまったネクタイ、スーツ姿、そして少し微笑む写真からは、さん、というより、君、がふさわしい 
 
 「青年の雰囲気が漂っています。」

 本人からは、中年と思いたがっているように見えましたが、どうしてどうして、青年でいけてますよ。そのため、いつも、さんづけで呼ぶのだが、青年に見えるため君づけで呼ばせてもらいました。

 「テンペスト君、まだまだ、青年の燠があり、燃えてますよ。自信持ってね~。」

 彼、仕事上でブログを作っていますが、毎日見させてもらっています。ブログ上での活躍は知っていたんですが、今日の新聞記事には驚きました。
 でもおかげで思いもかけず、お仕事での活躍を知ることになり、喜んでいます。

 「いいねぇ~、一緒にIT技術を勉強しあった仲間が、こういう風に知られることになるって」

 セミナーの他のみんなもこのようにあからさまに知られることはありませんが、人づてで聞くところによれば、それぞれの仕事・分野で活躍してるとのこと。

 「うれしいです」

 いまだ何もなしは、

 「え、わたしだけ」
がんばってください
ブログもみてますよ

飲み会行きましょうねぇ~

盛り上げておいて、これかよ!

 いつ首相を辞めるとも明示のない約束、われわれの常識では「空手形」というんだけれど、それが出て、お終い。

 激突もなく、ポシャってしまった。ゲームオーバー。

 面白くもない!生の政治なんてゲームにもなりゃしない。

 こんなの茶番っていうのか、もうコメントもようせんわ。

政治勝敗ゲーム

 永田町では国民不在の政治ゲームをやっているようにしかみえない。
 そこで、普通なら不謹慎だが、私もゲームをやります。
 いたってシンプル。数時間後には結果が、勝敗勝ち負けゲーム。

 「不信任案は通るかどうか?どっち?」

 私は僅差で通るに賭けるとしましょう。(こちらが断然、ぶが悪いでしょうが)
 
 いま午前9時37分、さて

 皆さん、どっち?

2011年6月1日水曜日

今日から六月、目にしたもの

 今日から6月、一年12か月のうちでもっとも湿っぽい季節となった。湿っぽさや気温の上昇とともに蒸し暑くなる6月を嫌う人は結構いる。

 欧州では6月は、乾燥して晴天が続き、初夏らしい快適な気温になるそうである。昼が長いことと相まって、戸外の活動にもってこいの季節となる。ちょうど五月初旬のゴールデンウィーク頃の気候であろうか。

 日本の6月は梅雨の季節である。じとじとしたうっとうしさ、ムシムシした暑さが特徴である。日本にいる欧州人はとりわけ梅雨が苦手な人が多いと聞いたことがある。日本の真夏よりも湿度の高い6月の気候の方が耐え難い不快さを感じるそうである。

 しかし、われわれ日本人のご先祖様は縄文時代も含めると1万数千年にわたってこの梅雨の季節を過ごしてきたわけだから、その子孫である現代人も、そう嫌わなくてもいいような気がする。
 最近は欧米人のように、折角の黒髪をオキシフルで漂白してチャガミにしたり、ブロンドにしたり、揚句、ブルーやグリンのカラーコンタクトにする人もいるそうだから、外見だけでなく気温・湿度に対する感性もアチャラの人に近づいている人が多いのだろうか。

 嫌う人もいるこの月であるが、6月の多雨、気温・湿度の上昇は日本の国土に恵みをもたらします。水稲は特に高温とたっぷりの水を好みます。この6月の気候がなければ多くの収量を期待できず、昔からこれだけ多くの日本人を養うことはできなかったでしょう。米作りにとって6月の梅雨は欠かせないものなのです。
 また、6月を中心とした温暖期の有り余る雨量は山に大森林を育み、豊かな植物相・動物相を展開させ、美しい自然を作った。多量の雨を集めて流れる川は複雑で美しい渓谷を刻んだ。

 そう考えると6月はまことにありがたい恵みの月である。

 その恵みの月の初日、田植えを見た。
 その田は、町のど真ん中、スーパーなどの大型の店がひしめきあう中にあった。水いっぱいに張られた泥田の中には小学生がひざ上までジャージをたくし上げ、脛をだし、くるぶしまでつかっている。
 その小学生が大勢一列に並んで昔ながらの田植えをしている。学校が所有する田圃のようで、教育活動の一環としてやっているのだろう。先生そばにいて監督している。
 日本の国土の様子を言い表すのに万葉の昔から使われてきた修辞があります。

 『豊葦原の瑞穂の国』(とよあしはらのみずほのくに) 

 我が国土にはたっぷりと水があり、湿地帯にはたくさんの葦が風になびき、また人の手の入る湿地帯では美しくそろった稲穂が実を垂れている。このような意味でしょうか。

 このようにわが国は賛美されたのです。6月はどこへ行っても満々と水がたたえられた水田があります。豊かな湿地帯に対するこの美辞がぴったりします。
 
 キャッキャッと喜びまわる子どもたちを見てある芸能が浮かんできました。それは『田楽』です。
 田楽は中世のロケンロールといわれる(そんなん誰が言うんじゃ?少なくとも私が・・)  鎌倉時代、老若男女、上下貴賤別なく大ブレーク。田楽法師といわれるミュージシャンを中心に狂喜乱舞。みめかたちよき稚児に金襴衣装やそのほか奇抜な格好させ、田楽舞いに全員踊り狂いエクスタシー状態。私が中世のロケンロールと名付ける所以です。
 
 その田楽はこの泥田での田植えから生まれた。神に願い(豊作など)をかける意味もあったのか、田植えをしつつ、笛・太鼓鳴り物で、歌い、身振り手振りよろしく作業したのが田楽の始まりです。
 
 泥のなかで田植えする楽しそうな子どもをみて田楽を思い出したのですが、多産なイノシシの子のウリボウが押し合いへし合い泥ぬたの中で遊ぶ姿もまた同時に思い出しました。