2011年6月1日水曜日

今日から六月、目にしたもの

 今日から6月、一年12か月のうちでもっとも湿っぽい季節となった。湿っぽさや気温の上昇とともに蒸し暑くなる6月を嫌う人は結構いる。

 欧州では6月は、乾燥して晴天が続き、初夏らしい快適な気温になるそうである。昼が長いことと相まって、戸外の活動にもってこいの季節となる。ちょうど五月初旬のゴールデンウィーク頃の気候であろうか。

 日本の6月は梅雨の季節である。じとじとしたうっとうしさ、ムシムシした暑さが特徴である。日本にいる欧州人はとりわけ梅雨が苦手な人が多いと聞いたことがある。日本の真夏よりも湿度の高い6月の気候の方が耐え難い不快さを感じるそうである。

 しかし、われわれ日本人のご先祖様は縄文時代も含めると1万数千年にわたってこの梅雨の季節を過ごしてきたわけだから、その子孫である現代人も、そう嫌わなくてもいいような気がする。
 最近は欧米人のように、折角の黒髪をオキシフルで漂白してチャガミにしたり、ブロンドにしたり、揚句、ブルーやグリンのカラーコンタクトにする人もいるそうだから、外見だけでなく気温・湿度に対する感性もアチャラの人に近づいている人が多いのだろうか。

 嫌う人もいるこの月であるが、6月の多雨、気温・湿度の上昇は日本の国土に恵みをもたらします。水稲は特に高温とたっぷりの水を好みます。この6月の気候がなければ多くの収量を期待できず、昔からこれだけ多くの日本人を養うことはできなかったでしょう。米作りにとって6月の梅雨は欠かせないものなのです。
 また、6月を中心とした温暖期の有り余る雨量は山に大森林を育み、豊かな植物相・動物相を展開させ、美しい自然を作った。多量の雨を集めて流れる川は複雑で美しい渓谷を刻んだ。

 そう考えると6月はまことにありがたい恵みの月である。

 その恵みの月の初日、田植えを見た。
 その田は、町のど真ん中、スーパーなどの大型の店がひしめきあう中にあった。水いっぱいに張られた泥田の中には小学生がひざ上までジャージをたくし上げ、脛をだし、くるぶしまでつかっている。
 その小学生が大勢一列に並んで昔ながらの田植えをしている。学校が所有する田圃のようで、教育活動の一環としてやっているのだろう。先生そばにいて監督している。
 日本の国土の様子を言い表すのに万葉の昔から使われてきた修辞があります。

 『豊葦原の瑞穂の国』(とよあしはらのみずほのくに) 

 我が国土にはたっぷりと水があり、湿地帯にはたくさんの葦が風になびき、また人の手の入る湿地帯では美しくそろった稲穂が実を垂れている。このような意味でしょうか。

 このようにわが国は賛美されたのです。6月はどこへ行っても満々と水がたたえられた水田があります。豊かな湿地帯に対するこの美辞がぴったりします。
 
 キャッキャッと喜びまわる子どもたちを見てある芸能が浮かんできました。それは『田楽』です。
 田楽は中世のロケンロールといわれる(そんなん誰が言うんじゃ?少なくとも私が・・)  鎌倉時代、老若男女、上下貴賤別なく大ブレーク。田楽法師といわれるミュージシャンを中心に狂喜乱舞。みめかたちよき稚児に金襴衣装やそのほか奇抜な格好させ、田楽舞いに全員踊り狂いエクスタシー状態。私が中世のロケンロールと名付ける所以です。
 
 その田楽はこの泥田での田植えから生まれた。神に願い(豊作など)をかける意味もあったのか、田植えをしつつ、笛・太鼓鳴り物で、歌い、身振り手振りよろしく作業したのが田楽の始まりです。
 
 泥のなかで田植えする楽しそうな子どもをみて田楽を思い出したのですが、多産なイノシシの子のウリボウが押し合いへし合い泥ぬたの中で遊ぶ姿もまた同時に思い出しました。
 

2011年5月31日火曜日

なるほどITの起源はこんなところに

 昨日、図書館で本を借りて読み始めたが面白いので一気に読んでしまった。

副題が「IT時代を拓いた技術者たち」

 ちょっと待てよ!なになに、モールス電信士?
若い人にはちんぷんかんぷん。なんじゃそれ!
年配の人は、おぼろげながら・・・・・・・・

 モールスってモールス信号、あのトン・ツーの組合わせで文字を表すものか?
 そうそれ。
 じゃあ、電信士は、えーと・・・

 ほれほれ、西部劇で街の保安官事務所の横に
電信事務所を構え、
中では、鼻眼鏡をかけて、昔の事務員がしていた黒の手甲で肘まで覆い、よれよれのワイシャツ、ネクタイでトン・ツーの電信機を叩いてるおっさん。
 そしてそのモールスを文字に書き換え、他の街から送られた重要情報をもたらす人。

重要人物ではないがその情報の紙切れは西部劇の展開の上でキーポイントになる。
 例えば、お尋ね者「ビリー」がそちらに向かったとかいう緊急連絡。電報という。
 その電報をキーを叩いてモールス信号を相手に送る。また、反対に送られたモールス信号を文に変換する技術者が「電信士」

 電信の発明はかなり古い。実用化が1840年というからもう170年も昔である。それとともに電信士も登場した。モールス信号を手でうち、聞き分けなければならないから特殊技術者である。

 原理は極めて簡単!電磁石に通電した時。鉄がカチッと引っ付きます。それを利用するわけです。具体的には切り離れたOFFの状態と、通電の「短」・そして通電の「長」-の3つを組み合わせ文字を表します。擬音で表せば、短がトン、長がツーである。
 私は一つだけ言葉を知っている。SOSの「・・・---・・・」である。Sが・・・、Oがーーーである。

 いまどき骨董屋を捜し歩いてもこんな「電信機」はまずお目にかかれない。前々世紀の、電話もまだ発明される以前の古い古い技術。ペリーが日本に開国を迫ったときに幕府の土産として持ってきた「電信機」はその時、もう完成の域に達し、それ以上の大改良は終わっていた。

 正直、そんな時代の電信機、そして電信士が今のITの先駆者って???疑問だ。少なくとも1947年のトランジスタの発明以降じゃないのか。
 しかし、この本を読んで納得しました。

 若い人たちはPCやインターネットをガキの時分から自由に扱っていたため、IT技術の本質とは何かを、言葉で説明できなくても、体で知っています。
 ところが、やまさんは還暦でインターネットを始めたため、ITとはなんぞや?本質は?まるでわかりません。

 ですがこの本を読むと、年寄りが理解するにふさわしく、歴史からその本質に迫るアプローチをとっているのでかなりわかるようになりました。
 最年長の(IT訓練校で)私でも、
 
 「う~ん、これは古い」

 と言わしめた電信技術、電信士からの説きおこしは、胸にすとんと落ちることばかりで
 
 「ああ、なるほどなあ」

 電信士が向かった電信機は原始的ではあるけれど、PCの画面と同じ、PCは符号・暗号化を自動的にやってくれるが、電信士は自分の頭で変換するだけの違い。
 勤務時間に暇ができれば、顔も知らない電信士同士で「チャット」のようなことも行っています。

 それに電信網って目的地に直接つながってなくてもリレーしながら伝わるってことを知りました。
 まず、とりあえず目的地方向の一番目的地に近い局に送る。そしてその受け取った局は同じように目的地に近い局に送る。
 これって、実はインターネットと同じでまさにウエブなんですね。

 西部開拓時代の華、電信士には女性もいました。電信士同士のやり取りではもうインターネットと同じ。そんな電信士のやり取りから恋が芽生え、そして披露宴、参加人もバーチャルに電信網で行うという。
 こんな実際あった面白いエピソードを読むと「ITの起源」といわれるのもむべなるかな、という気がします。
 そして鉄道や軍隊・戦争と結びついて威力を発揮する電信技術は鉄道をあらゆる交通手段と読み替えれば今のIT技術と同じ、ここでも本質は同じ。

 そしてもっともITの本質に迫っていると思うのは、
 「技術」「情報」です。この二つのキーワードは西部開拓時代から同じように受け継がれています。
 
 電信士はおおむね貧しいが向上心・向学心あふれる若者でした。社会をのし上がるためには、まず「技術」でした。技術の取得を経て電信の世界へ足を踏み入れると、その人間は電信を通じて政治・経済・文化いわゆる「情報」に関する最新の動向にリアルタイムで触れることができる。
 この「情報」を活用できるというのが最大の役得でした。

 電信士の中にはこの「情報」の役得を最大限生かして、社会をのし上がった人々がいました。いまでも有名な人では
 カーネギー、エジソンがあげられます。

 彼らが電信にであったとき示した姿勢は、150年たった我が国で話題をさらったIT業界における成功者のそれと共通する面を持ちます。

 アメリカ史のごく狭い一分野の小史でしたが
 「なるほどITの起源はこんなところに」
 と何となくわかったような気にさせた本でした。

2011年5月30日月曜日

雨上がり(昨日のつづき)

 朝早く、大雨の後の町を歩く。強く吹く風が肌寒い。満々と水をたたえた水田、あふれんばかりの小川、道路の大きな水たまり、みんな大雨の名残だ。

 2日雨にふりこめられ、出歩く今日の朝は胸躍らせるくらい素晴らしい。太陽は出ていないが、もう雨の降る気配はない。速く動く雲は青空が現れる予兆だ。なにかうっとりするような天気だ。

 駅前に立った。対のツバメが私の目先をクロスして低く飛ぶ。

 「子育ての夫婦かな」

 駅の軒を見るとツバメの巣があり、可愛い口をいっぱいに開けた雛が親を待って巣から頭を出している。
 なにかしら命の賛美したくなる。40日の大雨の後、ようやく土地を見つけ、あらゆる動物たちと箱舟を降り、お互いの命を祝福しあった旧約聖書のノアのように。

 昼から、滝、泉へ行く。
 もううれしいような水、水、水
 鳴り響く滝。
 こんこんと湧くだけで足りず、ほとばしる泉。

 ああ、うれしや水。
 動画をご覧ください。我が町の自慢の(?)『江川水源の泉』。『水神の滝』

執着のこころが消えるとき

 ブログで知ったが私のPCのお師匠さんの車がへこみ、10万かかるかもしれないとのことで文字通りお師匠さんもへこんでいました。

 物を所有することは執着心も生まれることで誰しも同じ。いつまでもまっさらぴんぴんであって欲しい。壊れずに永続してほしい。当然のことです。
 しかし、そううまくいかないのも世の摂理、傷はつくわ、ぶっ壊れるわ、時として嫌嫌自分の所有から離れることもあるかもしれません。

 しかし、まあ、執着の心は残るにしても、仕方ないこととして、受け入れ、やがてどこかへ忘れ去られる、あるいはあきらめるのが大体の人々。

 お師匠さんも合理的で常識人だからやがて平常心になるのは確実。

 振り返って、私をみると、どうも執着心が異常にあるような気がします。執着心は誰しもあることながら、非合理的に、非常識にそれに固執すればこれは「執着」から「偏執」になる。そしてそれが増々嵩じれば「反・非社会的行動」になり、犯罪にかぶさってきます。
 私の場合そこまでは行きませんが、「偏執」に近い執着を見せるのではないかと思ってしまいます。

 私の今一番の所有財産で執着のこころが強いのはPCです。買って一年にもなりません。
 ところがこいつ、思うようにならないのです。もう複雑すぎて、心配ばかり、細かいこだわりが捨てられません。
 結局、こいつを所有した時からついてくる執着が離れません。のぞくと心配のカタログ、
 「なんで、グーグルアースのアイコンが勝手に消えたんだろ」
 「なんでかってに100メガものプログラムがつい最近インストールされたんじゃろ」
 「これはきっと悪意あるビールス感染じゃ」
 「これは製造段階から、根性悪のソフトが仕込まれたんじゃ」
 「はずれの粗悪品のPCを売りつけられたんじゃ」
 などなど

 所有は本来財産が増えることで幸福度が上がっても不思議でないが、所有することで執着心がついてくるといっそ苦しむことになりかねません。

 と、このような方向に所有をマイナスにとらえることが、私の執着心の異常さかもしれません。

 モノを放下(ほかす)することで、所有から離れれば執着も当然消えますが、こんなことできます?
 できませんわな。

 でも、ブッダ、やキリストなど偉大な宗教者は、モノに執着してはならないと教えてるみたいですね。しかし、後の教団なんか物凄い財産を所有してますから、これってどうなんでしょう。
 宗祖は別としても、教団は、モノへの執着心を捨てなければならないと思いつつ、現実できないヒトといっしょですね。

 しかし、人はいつか死にます。格言に

 「あの世へモノは(金など)持っていけない」

 というのがあります。
 だから歳がいき、体も衰え、だんだん死に近くなってくると所有を離し、執着心もだんだんなくするのが理想かもしれません。
 執着心がゼロになったときが死であるとともに「涅槃」であり安らかさの極地というのはちょっと魅力的な死にかたですね。

 でも所有を放下(ほかし)たとたん、誰かの所有に帰し、誰かさんの執着がまとわりつくのは

 『許せん!』

 という執着はもっとも固執度が高いようで、執着の心が消えることはなさそうです。

2011年5月29日日曜日

塵芥(ちりあくた)が流れていく

 今日は一日雨、夜に入っても降り続いている。暗くなって少し弱くなったが明るいうちは大雨であった。
 先ほど夕方のローカルニュースでこの地方は降り始めから今夕まで230mmの降水量と言っていた。12月から3月までの4か月間の合計に匹敵する以上の降水が一回で降ったことになるから、災害も心配されるほどの大雨である。

 被害は出て欲しくないが、これくらいの量の雨を実は待ち望んでいた。冬から春にかけて降水量の少ないのは毎年のことだが、初夏になっても雨量は少なく、いつになく少雨傾向が続いていた。

 水は生命の源である。その供給のもとである降雨は本来は関心事である。しかし、最近はいついかなる時でも蛇口をひねったら水が出てくるとみんな思っているから、少雨でもぜんぜん気にしない。

 でも私のまわりでは少雨傾向の影響が目にみえて進んでいた。
 私の家は江川に面しているがこの川に水が流れなくなってもう半年になるのではないか。去年の秋の終わりには流れるほどの水は無くなっていた。それ以来下流までの流れの帯は途絶え、河床には原野のような丈の草が生えている。
 
 江川の水源の「泉」もだんだん湧く水の量が少なくなり、干上がる寸前になっていた。
 山際の「水神の滝」も白い飛沫を見せながら滔々と流れ落ちるのが本来であるのに、情けないほどのちょろちょろ水が落ちるだけとなっていた。

 自然の水の循環はまことに危機的な状況になっているのではないかと最近思っていた。人々は蛇口から水さえ出れば、そんなことは気にしなくなっている。

 ひそかに私は思っていました。

 「被害が出ない程度に、ここらで大雨があってくれないかなあ」

 竜神さんが私の願いに応じてくれたのか、230mmをこえる大雨。川も泉も滝も生き返るだろう。

 鳴るは滝の水

 湧くは泉の水

 流れるは川の水

 うれしやみず ていとんとうと鳴り響け

 昼過ぎ、大雨の中、列車で鮎喰川の鉄橋を渡った。下を見ると、川幅一面に泥色の濁流が渦巻き力強く流れている。
 一時期死んだ鮎喰の川もこれでよみがえる。
 
 そして夕方、我が家の前、道路すぐ下の汀まで、いっぱいたっぷり流れる江川が
 雨水はめぐみをもたらすが、「水に流す」という言葉があるように、嫌なこと悪いことも流してくれそうである。
 見ると塵(ちり)、芥(あくた)も流れていく。人の心の塵芥も流れていけ。

2011年5月28日土曜日

こんどは台風か 

 今日は一日雨。雨に降りこめられている。外へ出たのは昼ごろ買い物に行ったっきりでひきこもり状態。
 湿度も高そうだが幸い気温がそう高くないため不快指数の上昇はなく、机をはじめとして家具、畳がジトッ、ベットとするが家にいる限りは快適に過ごせる。
 たまの雨は心身に変化をもたらしいいようだが、それも数日に1日ぐらいが適当なところで、うっとうしい雨ばかり続くと憂鬱になる。天気予報を見るとあと数日雨空が持続しそうである。

 いつもなら5月末は、「梅雨の走り」といわれるぐずついた天気がつづく場合もあるが、今年はもう前倒しで、予行演習の「梅雨の走り」はなくいきなり梅雨本番となった。
 おまけに台風まで前倒しで襲来していて日曜の夜に最接近とのことで、心配である。

 春に地震の大災害で、今度は夏になる前に、大雨・土砂災害、台風被害の心配である。これは日本列島に住む以上避けられない宿命である。背負いつつ最善の対処、策を講じるしかない。

 雨にふりこめられぼんやりとPCをいらっていたら、ふと、

 「台風と地震、どっちも大きなエネルギーを持った災害じゃが、どっちが大きいんだろう?」

 と疑問が湧いてきた。さっそくウェブで検索した。(こんな時、インターネットはほんとに威力を発揮しますね。以前だと、ゴゾゴゾと本の堆積の中から調べまわらなければならないから、時間が多くかかった。今だと、あっという間)

 「さて、みなさん、どっちが大きいと思います?」

 まあ、比較上どちらも超弩級、地震だと今回のM9クラス、台風だと超大型としておきましょう。

 「う~ん、地震の方が破壊力があるし、津波も起こすし、当然死者も多い。地震かなぁ~?」

 「ちょっと、待てよ。地震は1分もしないうちにエネルギーの放出は終わってしまう。しかし、台風は何週間にもわたって成長~最盛期~衰退期、でエネルギーを維持しつつ小出しにエネルギーを放出する。もしかしたらこちらが大きいかもしれないなぁ」

 調べた結論から言うと、台風のエネルギーの方が2ケタくらい大きいのです。
 ただ、地震のエネルギーは運動エネルギーが主です。それに対し台風の場合は運動エネルギーより熱エネルギーの潜熱(水蒸気が雨になるときに放出される熱エネルギー)の方が主です。それが前に言ったように何週間にわたって小出しにされます。
 したがって台風より破壊力では地震の方が上回っているようです。

 とはいえ、過去の台風では(伊勢湾台風のように)数千人の被害者をだしたのもあります。また、台風は一年に何度もやってきますし、毎年のように来ます。そのたび何らかの被害が出ます。
 それらを総合して考えるとどちらも破壊力では優劣つけがたい気がします。

 この日本列島、巨大台風の通り道であり、かつ、多発する大地震の巣でもあります。こんなとこ世界中にそうざらにありませんよ。
 アメリカ東海岸は確か台風並みのハリケーンが襲いますが、地殻は安定していて大地震はない。大地震の多いチリにゃ台風はない。

 「なんて、因果な場所に日本列島は位置しているんだろう。」

 付け加えると、日本列島のすぐ横を世界最大の熱エネルギーと潮流の運動エネルギーを持つ「黒潮」が流れています。
 そして上空にはこれまた強い運動エネルギーを持つ偏西風の流れの帯「ジェット気流」が流れてます。よそでは見られない強い流れと言われています。
 そして、大阿蘇をはじめ、火山もてんこ盛り。やがてバカスカと・・・

 「日本列島って、世界の自然エネルギーのパワースポットじゃないのかねぇ~」

 「こんなすごいパワースポットに暮らす我ら、なにかわからない潜在能力のポテンシャルも他民族に比べ大きいと思いませんか?」
 「そうでもおもわにゃ、やっとれんわぁ~!」

2011年5月27日金曜日

雑節、雑感

 季節が変わったことを実感できるのは一日や二日ではちょっと無理があろう。これから夏に向かっていくが、右肩上がりに気温は単純に上昇するものではない。前日より気温が低い日があったりして、小さな気温の変動の波を繰り返し全体として徐々に平均気温が上がっていくものであろう。

 一日や二日では無理としても何日ぐらいたてば体感的に、
 「あ、季節が変わったな」
 とわかるものであろうか。暦には「二十四節気」というのがある。黄道を24等分してそこを太陽が通るときに各「節」を入れている。「夏至」とか「大暑」とか、この24の「節」の日を季節の変わり目の目安とするのは昔から行われてきた。一年を24等分するから、大体次の「節」まで15日とちょっと(一日にもならない半端な数)である。

 15日たてばかなり明確に季節の推移がわかるものであろうと設けられた。
 この二十四節気は中国の暦から作られたもので、黄河中流域の中原地方が基準である。

 この地方は春~初夏~そして夏へと徐々に季節は推移する。
 しかし、我が日本では春~初夏~、この次に「梅雨」という特徴のある季節を持っている。だから、そのまま二十四節気を持ってきてもこの季節は合わないということになる。そこで24節気以外に日本の季節に合わせ特別の「節」を入れた。
 『雑節』である。

 いくつかあるが、「入梅」もその一つである。360度を24で分割すれば30度になる。だから黄道分割の30度の倍数が24節気となる。
 「入梅」は雑節であるため、30度の倍数にはならない。春分を起点として80度の黄道を太陽が通過するのを以て「入梅」の節としたのである。
 暦では6月11日頃である。これは本州を基準としたものであろう。

 昨日わが四国地方が梅雨入りした。平年より十日以上早いそうである。近年、異常気象なのか梅雨入りは早まり、梅雨明けは遅れる傾向があるといわれている。
 24節気は動かすことは無理だろうが、雑節は日本の気象に合わせ臨機応変に作られたものであるので、統計的に早まりが常態化したならその平均日を持って「入梅」としてもいい気がする。

 今日は気温は少し低いが、いかにも梅雨を思わせるじとじと雨の一日であった。

 少し街を歩く。
 わが町、前にも紹介したが、インターネットカフェがある。
 「田舎町なのにすごいでしょ。」
 その前を通ると、なんと!お年寄りをインターネットカフェに呼び込む「立て看板」がある。青少年だけ相手ではこんな片田舎では無理と思ったのか、お年寄りがターゲット、
 やまさんもお年寄り、つられてフラフラ入ろうとしたが、小銭しか持っていないことに気づき
  「や~めた!」
 拡大してみてください。PC前のこのイラスト、どう見ても老夫婦。
 
 この「高級マッサージ器使い放題」も年寄りには魅力やわ~
 
 私、インターネットカフェはまだ入ったことがない。こんなか、女給さんや、メエドはんがおるんかなぁ?初体験しようかな。
 「ドキ、ドキ」











もう一つ雨に濡れた「ポスター」が
わが町の美郷地区のほたる祭り。明日から、駅から無料バスも出てます。
 みなさん、いかが。









最後にうっとうしい梅雨空を吹き飛ばすような「黄色い薔薇」。もともとバラには黄色はなかった。品種改良のたまもので20世紀になってやっと出てきた。  

 幸福が呼び寄せられればいいな。