板西城 板野町
5月22日に散策してきました。城址であるが明確な遺構は残っていない。言い伝えや地名の分析によりこのあたりではなかろうかというところの中心に現在地蔵堂が立っている。
その入り口に板西城址の説明板がある。
新居見城 小松島市新居見町
5月30日に行ってきました。南小松島駅から南へてくてく歩くと芝生川(しぼう)を渡りますが、その川を上流に向かって進むと新居見城址の小山があります。ここも明確な遺構は残っていない。板西城は平城、新居見城は山城である。
その山のすそに城址の石柱が立っています。説明文も彫ってあります。以下のようなことが書かれています。『平安時代末期に近藤六家親が在城しており、源義経を先導して屋嶋に攻め入ったと云われている。その後、近藤六親家は板西城主となっていたが子に恵まれなかったため赤沢兵庫頭宗定に板西城を譲り新居見城へ移った。戦国時代には赤沢氏が城主で、天正10年(1582年)三好方として中富川合戦で戦った』
近藤氏そして赤沢氏は、板西城、新居見城の城主と重なっているようである。
芝生川は思っていたより川幅があった。30cm近い大きな亀が何匹もいる。外来種のアカミミガメ(みどりがめ)だ。そして川沿いに列をなしてさいている黄色いコスモスに似た花は外来種のオオキンケイギクだ。私が子どもの時の昭和三十年代は亀も野生の菊も在来種ばかりだった。60年以上経て環境も変わり植生も変わっていった。日本文化の基盤である風土がどんどん変わっていく。これからの日本はどうなっていくのだろうか。
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