週末、DVD新作映画が百円で借りられるので二本見た。「キングダム」と「アルキメデスの大戦」だ。どちらも漫画が原作のようだ。私の場合面白かったのは「アルキメデスの大戦」のほう。歴史が好きだから大陸の時代物映画もよく見るが「キングダム」は超人的すぎて史実、リアルさを望む私にはちょっとついていけない所がある。でもゲーム好きの若者には受けがいいのかもしれない。
さて「アルキメデスの大戦」だが、これから見る人もいるだろうからあらすじなどは省くとして、なぜ題名にアルキメデスと入っているのだろうと考えた。そこから引き出されるのは「数学者」と「戦争」である。中学生くらいの教科書だとアルキメデスは浮力を理論化した物理学者として見られるが高校生だとむしろ彼の数学者としての成果を習うことになる。無限数列、それを使って複雑な各種の図形、立体の面積、体積を求める方法など微積分の基礎となるものである。ピュタゴラスとともにギリシャの生んだもっとも偉大な数学者の一人である。
もう一つの「戦争」これはアルキメデスとどんな関係が?と思われようが、彼は大掛かりな新兵器(敵を驚かせ敗走させた)を発明し実戦に用いたことが伝記に語られている。例を挙げると大きな凹面鏡を作りそれに太陽光を集め敵の船に焦点を当て燃やす兵器、そして滑車やテコの原理を用い敵の船を持ち上げひっくり返す兵器などである。今から考えても極めて斬新な兵器である(ホンマかいなと疑問もあるが伝記にはそうある)
「数学者」と「戦争」はなるほどアルキメデスにおいて結び付いていたが、この映画の背景となっている第二次世界大戦のような近代戦ではどうなのだろう。戦争は数学者より、物理・化学を基礎とした工業技術者の方が有用になっているのではないだろうかとも思うが、数学者の有用性は衰えるどころかますます大きくなっているのである。近代戦において、あるいは現代はそれよりももっと数学者の重要性が増している。
数学者は見えぬところで活躍している。第二次世界大戦においてはそれは「暗号分野」である。電波(情報)が飛び交う戦時空間において敵に見抜かれぬ暗号づくりがいかに重要かは説明するまでもない。それと同時に、敵の暗号を素早く解読できることも。これは戦争の勝敗を決するくらい重要なことなのである。日米戦の戦史を紐解けば日本が負けたのは物量の差以上に暗号解読の情報戦に負けていたのがわかる。大戦末期にはこの暗号解読のために英国でコンピューターのもととなる機械がある数学者によって発明されたのはコンピューターの歴史を知っている人は良く知っている話である。そして現代は情報戦が主役になりつつある時代である。その情報戦を戦える戦士は高度な数学的能力が必要とされることは言うまでもない。
数学者と戦争の結びつきはよくわかったがこの映画では主人公が発するある言葉がもう一つの重要なキーワードとなってこの映画を特徴づけている。主人公は何度も口にする。「美は計測できる」あるいは「計測できる美しさ」というような言葉である。これだけでは主人公が何を言いたいかよくわからないが、私が聞き取ったのは、美には数学的秩序(調和とよんでもいいかもしれない)があるということである。アルキメデスの属した古代ギリシア人は「美」と「数学」を結びつけた。黄金分割しかり、音階の調和数列しかり、ピュタゴラスなどは特に数学的な調和の美を重んじた。このように古代ギリシア人は数、図形などの関係性の中に美を見出したのである。題のアルキメデスという言葉の中には「数学者」、「戦争」(兵器発明家)、そして数学的調和としての「美」の三者が入っていたのである。
「美しい」ものを求め「美しくない」ものを忌避する主人公は当然、美の対極にあるもっとも醜きものとして「戦争」を嫌悪する。このような戦争映画では往々にして人道主義あるいは博愛主義的な観点から戦争の醜さを描くものが多いが、私はこのような作り方の映画より、「戦争は美しくない」といって切り捨てる主人公のほうが好きである。
なおこの映画は架空の主人公・数学者の話であるが、当時、実際に日本海軍に数学者は雇用され暗号分野などに活用されていたのであろうか、残念ながら海軍に民間人(大学の数学者)を最も機密性の高い暗号づくりに使う度量はなかった。数学者のレベルは欧米に引けを取らなかったのにである。その点、アメリカなどは軍隊にどんどん民間人研究者を活用しいろいろなものを発明させ、しまいには核兵器まで作り上げるのである。戦後、日米の情報戦を知った日本のある数学者が暗号を自分にまかせてくれれば絶対に解読されないものを作って見せたのに、と自信をもって答えたそうである。
最後に。主人公のいう「美は計測できる」あるいは「計測できる美しさ」ということから私は三島由紀夫の「美神」という短編小説を思い出した。「美神」と「計測された数値」がキーワードとなっている小説である。短いがなかなか味わい深い作品である。もし興味があったら一読してみてください。
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