下が「あわじ花さじき」菜の花は満開だが他の花はほとんどなかった。明石海峡を望む小高い丘にある、明石海峡大橋の橋脚が見える。
モラエスの書いた『おヨネとコハル』を読んでから、一度須磨寺を訪れたいと思っていたが今日実現した。朝、出る時は須磨寺などは頭の片隅にもなかったが、淡路北端まで来て思い立ち、須磨まで行った。北淡まで来ると須磨はすぐそこ。
須磨寺境内。右の大きな建物が本堂。
見るまで何宗のお寺かも知らなかったが、本堂の横に大師堂があり、境内に五智如来像があるのを見て、すぐ真言宗の寺とわかった。
下は五智如来(大日如来を中心に五人の如来がいる)。胎蔵曼荼羅の中心部の仏を表す。このような五つの彫像は真言宗の立体曼荼羅ともいわれる。
この寺の一般的な観光ではやはり源平合戦で有名な平敦盛と熊谷直実との須磨浦での一騎打ちであろう。まだ少年で戦の経験もない平家の公達と百戦錬磨の坂東武者熊谷直実とでは勝負にならず、敦盛は討ち取られる。平家物語によれば、わが子とよく似ている年恰好の敦盛を直実は殺すに忍びず、逃がそうと思ったが、味方の源氏の兵も打ち寄せ見ている中でそれはならず、泣く泣く首を討ちとったとされている。
須磨浦での平敦盛と熊谷直実との一騎打ちの彫像が須磨寺の境内にある。下がその「源平の庭」
そして私が一番見たかったのはモラエスとおヨネの最後の思い出の地、須磨寺境内の「敦盛首塚」である。広い境内なので掲示の地図を見てその首塚を探すとあった。
敦盛首塚(首を討ち取られたためか首塚はここ、そして胴塚は少し離れた須磨浦公園内にある)
モラエスとおヨネの最後の思い出の地、須磨寺
明治が終わる年の六月のある日、病気でほとんど寝ていたおヨネは不思議とその日は気分がよく起き上がり、神戸三宮・加納町にモラエスと住んでいた家からここ須磨に二人きりで一日だけの遊覧を楽しんだ。そしてこの敦盛首塚に詣で、モラエスはその首塚をおヨネとともに撫でるように参拝したと記している。(文字通りモラエスは石の五輪の塔の墓を撫でたそうである)
そしてその首塚から帰る途中茶店でおいしい水蜜桃を買いおヨネと分けあって食べた、おヨネは病でほとんど食欲がなかったがその水蜜桃はとてもおいしそうに食べ、それを見たモラエスも幸福感に浸されたそうである。結局、それがおヨネとの最後の外出の思い出となった。おヨネは帰るとそのまま寝つき二か月を待たずに亡くなるのである。
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