2023年10月30日月曜日

13大日寺・14常楽寺・15国分寺・16観音寺まで歩いた

  昨日歩いたのは10km弱である。昨日は県内のバスが県内全域無料の日なので利用しない手はないと思った。しかし阿南南部勝浦、那賀へ行くバスは、無料を利用した客で満員で、また本数も少なく、ちょうどに良い発車時刻が少ない。そっち方面には太龍寺、鶴林寺、また番外の寺(奥の院やお大師様ゆかりの寺)もあるため、行きたかったが、長時間揺られ、満員だとバス中で立ったままの可能性があることも考えられる。だからこちら方面はやめた。

 すいている市バス路線を利用することにした。終点一宮までバスで行きそこから上記の四ヶ寺歩き、国府の駅で歩き遍路は終了した。

 大日寺(旧一宮寺)の山門で子安観音をバックに自撮りした。







 常楽寺「流水岩の境内」、まるで岩がゴツゴツした渓流沿いを歩いているみたいだ(流水はないが)


 最初の寺についたのが11時半ごろ、そこから四ヶ寺歩きぬいて、終点国府駅に着いたのが午後三時過ぎであった。最後の寺の参拝を終わり、くたびれた足でよたよた歩くと後方から夕陽が背中を押してくる(シルエット)


2023年10月26日木曜日

鴨島菊人形まつりが始まった

  昨日から始まった鴨島菊人形まつり来月の26日まで続く。午前中、その会場に行ってきた。会場は吉野川市役所前広場である。以前は、鴨島駅前にも小屋掛けで菊人形の「場面」が作られていたが、コロナ以後、こちらはなくなり、今は市役所前広場一カ所のみとなった。

 祭りといっても大河ドラマがテーマの菊人形場面が三ヶ所と、後は子供の喜びそうなキャラと動物の菊人形があるのと、品評会の名菊の展示だけで、祭りのイベントは初日のみであった。

大河ドラマの場面(3シーン)




子どもが喜びそうなキリンさんの菊人形、まだ蕾で黄色い花が咲いていないのでキリンに見えない


品評展示作品の菊は、まだ蕾で鑑賞するにはまだ早い。

2023年10月25日水曜日

今日の新聞ニュースから

  最近の若い衆(ワカイシ)は紙媒体のメディアはあまり見ないのだろうが、ジジイの私はいつも行く図書館で主要な新聞5~6紙も読んで、ニュースを得ている。ネットやスマホあたりから得られる情報よりは新聞のほうが(比較的だが)正確ではあろう。また新聞は各紙によって政治的スタンスが割とはっきりしているのもよい。A紙やM紙は左寄り、それに反してS紙は右寄り・保守、Y紙は真ん中よりやや右だろうか。どの新聞も(批判的に)全部目を通しているが、私が感じる中立的な新聞は経済が中心の(しかし文化・政治・スポツ、三面記事・事件も含んでいる)NK紙であろうか。

おっ、また金のばらまきか

 今日の各新聞のどの一面にも載っていたのが政府の新経済対策である。目玉は二つ、4万円の減税(一人頭)住民税非課税世帯・低所得者層の世帯に7万円支給というものであった。いかにも政府与党の人気取りのような付け焼刃的な施策のような気がするが、しかし貰えるとなれば拒否する理由はない。かくいう私は低所得者に入り、もしくれるとすれば7万円の支給対象である。

 諸物価の値上がりには最近ほとほと困っている。物価上昇率は公的にはまだ10パーセント以内だが、エンゲル係数の高い(食費に占める割合が高い)私なんどは、食品の値上がり率は15パーセントになっているのではないかと思っている。そのためわずかな年金は実質どんどん下がるに等しい。そのためいくらかでも現金支給はありがたいが、ちょっと考えればそのような現金バラマキはますます政府の金融財政に悪影響を与え、さらなる物価上昇、年金の実質的切り下げをもたらすであろう。だが、お上がくれるなら頂戴する。

パンパカパ~ン、日本四位に転落

 やっぱりな、という感想である。今日の経済ニュースに、日本のGDPが、どこのドイツにか、抜かれてしまって4位に転落した。衰亡の兆しは20年も昔からあったが、いよいよこれからは(GDPに関して)地位転落が毎年のように起こるだろう。一人頭のGDPが上位ならまだそれでも良いが、なんと一人当たりでも34位まで転落してしまった。台湾に抜かれ、おそらく韓国にもここ数年で抜き去られるのではないか。

 これに関してはワイはそう悲観はしていない、今、日本の一人当たりの年間所得はドル換算で3万4000ドルである(日本円だと510万円)くらいだろう。でも私の年間の所得はいうも恥ずかしながら国民年金の満額78万円(年間)びゃぁであるから、510万など年間貰えたら夢のような話である。ワイとしては「何をガタガタ騒んぎょんぞい」、ちゅう感想である。だから「ちょびっとびゃぁ減ったくらいで、どうっちゅうことないわ」。という感覚である。家も着るものの古いながらあるため、ワイが生きるのに必要なのは食料のみである。その食料もいよいよ買えなくなるくらい貧しくなったら、その時はワイの尻にも火が付くが、そうなりゃぁ、国会前まで這っていって、餓死してやる。

T型フォード

 ローカルニュースにこんなのがあった。徳島工業短大の学生たちが町工場の整備のおっちゃんの助けなどを借りながら「T型フォード」を復活させたという話である。


 

 モバイル(移動)携帯(多機能のスマホなど)の大発達はここ20年びゃぁの加速度的進化だが、自動車は150年以上の歴史があり、その基本的な形態や機能は変わっていない。ドイツのダイムラーはんが開発したが、最初は金持ちの娯楽スポーツ的な使用が主だった、それをワイら一般庶民も普及させるようにしたのがアメリカのフォードはんだった。これももう100年以上前になる。流れ作業による自動車の大量生産(ライン)、そして工場で働く従業員も買えるような新車の値段、そしてそれに見合う従業員の給料を保証、あるいはベースアップで報いる。これは車を持つ近代大衆社会のコアな経済システムである。先頭を切ったのは1920年代のアメリカだが、その後、欧州、日本、と続き、今や中国、東南アジアに、大衆所有の車社会が実現した。その嚆矢となるもっとも初期型の大衆車がこのT型フォードである。

 車、いいなぁ、雨だろうが、夜だろうが、どこでもすっと飛ばして行け、横に愛する人なんど乗っけて走りゃぁ気色よかろう。でも、上にも言ったようにお上のお恵みを待つビンボ人のオイラは車は持っていない。まぁ半分ボケたワイのようなジジイは持たないほうが世のため身のためかもしれん。

2023年10月24日火曜日

前回のブログの続きです(歩き遍路)

 約20kmほどの一日歩き遍路をスライドショーにまとめました。

下は恩山寺境内のみの動画です 

付録だよ~ん

 四国巡礼しているといろいろな縁があるといわれています。私に関するそのの一つをご紹介します、10月19日に県外から来た妹と甥とともに車で焼山寺に参拝しましたが、その日のうちに高知のほうへ回る妹らと別れました。その妹が22日に、前にブログ(16日)で紹介した台湾の青年高知市の30番札所で出会いました。彼のことは妹は全然しりません、しかし私のブログをいつも見ている妹が、この寺で台湾の青年を見て「もしや?」と思って声を掛けたら、その台湾の青年だったそうです。ブログでは台湾の青年の写真は目隠ししているのによくわかったな、と驚きました。その青年が妹らと一緒に写真を撮ってメールで送ってくれました。


2023年10月23日月曜日

0番さんから18番さんへ歩いて行った

  今日の歩き遍路は、0番、すなわち旧持明院の場所、大滝山の滝薬師を午前11時前に出発、18番まで歩いて参拝、しかしそこで「歩き」は終わらない。さらに4km弱あるいて南小松島駅でようやく今日の歩きは終わり。約20kmは歩いたんじゃないかと思う。時刻は午後5時をさしていた。詳細は明日にでも「歩き遍路0番から18番へ」スライドショーに編集してアップします。

恩山寺境内で写真を撮ってもらった。

私の故郷では昨日から秋祭りが始まった

  私の生まれた地の「産土神」は若宮神社だけれども、今はもう家もなく他へ引っ越したため、氏子の縁は切れている。昨日、故郷の町を歩いていると「八幡神社」の神輿に出会った。



お稚児(チゴ)さんがかわいい。太古の昔から、神事では、「稚児(こども)と・オキナ(白髭の爺さん)に降りてきて宿る」と言われている。稚児だけでなく、白髭の爺さんが神の具現した姿としてあらわれるのは中世の心霊譚や能楽によくでてくる。そうすると白髭ジジイの私にも神が宿る可能性があるということか?

2023年10月20日金曜日

ブギの女王笠置シズ子の生誕地に行ってきた

  朝ドラの舞台になる地がトレンディな観光地となるのはもう60年も昔からだ。私のもっとも古い記憶に残っている朝ドラは半世紀以上も前の「おはなはん」である。確か高校入学したころ白黒テレビで見た。その舞台は四国の「大洲」だった。その町が朝ドラの効果で、観光地として売り出された。「おはなはん通り」などはその最たるもので(他にもいろいろあるが)、今でも観光パンフレットにはその効果で生み出された観光地が載っている。

 直近の朝ドラでは「らんまん」(今年の前半期)がある。主人公の牧野富太郎のふるさと高知が舞台であった。放映されると同時にその関連場所が有名となり、地元の観光PRもあってかずいぶん観光客が押し寄せたそうである。

 そして現在の朝ドラは「ブギウギ」である。主人公は戦後、ブギウギの女王として一世を風靡したといってもいい笠置シズ子である。初回を見る限り舞台は大阪の銭湯であるが、実は彼女の生まれた地は香川県の相生村(現、東かがわ市)である。朝ドラでも後に出生の地が出てきて、ドラマの重要な地となる。

 この相生村は香川県といっても徳島県の鳴門市に隣接していて、国道を行くと県境のすぐ近く、またJR高徳線の汽車に乗っていくと香川県に入った最初の停車駅「讃岐相生駅」の近くである。そこが笠置シズ子の出生の地・相生村であるから我が徳島県にとってもまるで他所の人のような気がしない。これは私だけの感想ではないようだ。というのも今朝の地元紙の一面のコラムにその出生地について取り上げられていた。わが県人の笠置シズ子の出生地にたいする関心の高さをうかがうことができる。


ということで、本日、その笠置シズ子の故郷に行ってきた。やはり朝ドラを観光の起爆剤にしようとしているのだろう、駅や街角などに笠置シズ子関連の看板やポスターが目立ち、また当地の歴史民俗資料館では「笠置シズ子特別展」をやっていて、それも見てきた。左はその歴史民俗資料館の外観。

 民俗資料などの常設展物は撮影可だが、笠置シズ子の特別展示物は撮影禁止、残念だが仕方ない。下は常設展示室から撮った特別展のようす。展示物を個々に写さないのでぎりぎり撮影可能であった。

 

 下はその特別展のパンフレット(各入館者に配布なので内容はブログにもアップできる)、若い人は笠置シズ子の名前も知らないが、このパンフを読むことによってブギの女王として戦後有名になった彼女の活躍を知ることができる。


JR引田駅にはこのような看板もある。私も横に立って撮影しもらった。


 街中にもこのような看板が立っている

街中にある萬生寺には彼女の名前の刻印された石柱がある。それは彼女が寺の屋根に銅製の樋を寄進したときのものである。上が萬生寺山門、下が山門横にある彼女の名のある寄進記念の石柱、笠置シズ子の名がみえる。



 この町は今までは「引田のひな祭り」で有名だったが、これからは笠置シズ子の生誕の町としての観光が加わる。