2011年2月14日月曜日

台湾坊主がもたらした春の雪

 今、午後3時前、皆さんの地方では降雪はどうですか。我が家の辺りは、かなり積もっており、まだ降り続いております。
 昨日のブログで台湾坊主で朝から雪かも、と書いてましたが、朝は降雪も積雪もなく、午前十時を過ぎたあたりから降り始めました。時間が少し遅れて、書いたことがほんとになりそうです。
 寒くてずっとこもっていましたが、先ほど外へ出ました。暖国にしては大雪になりそうです。今、窓の外で盛んに降ってます。
 出たついでに写真を撮りました。
国道にもシャーベット状の雪が積もっている。
 ドライバーは結構スピードを出している。大事故にならねばいいが。








雪の公園、誰もいない。カモが数羽浮かんでいる。












霏々として降る雪の中、かんどり船が。
 蓑笠つけて雪の中一人船から釣り糸を垂らせば、漢詩や水墨画の世界となる。









公園の水車













足跡一つない静まり返った公園
 柳が簾のように遠景を見せる。

2011年2月13日日曜日

使えない気象用語、なんで?

 最近は、まったくの素人でも天気図に詳しい人がいる。それも気圧配置図とか気象衛星から送られた生の画像をみながら玄人はだしの解析を加えるのである。
 素人が得られる情報も昔と比べると質量とも格段によくなった。インターネットを利用すれば昔の専門家でも得られなかった情報を瞬時に得られる。そのため一から天気図を作るのに素人であっても大した苦労なく、短時間で作業ができる。 
 昔、自分で天気図を作ったことがある。(確か高校の地学の発展学習で自主的に私が作った) 今から考えるとずいぶん原始的な方法だ。中国東部シベリア南部、東シナ海、朝鮮半島、日本海、日本列島、千島列島が入った白地図を用意する。そして一日何回かあるNHKラジオ中波の第二放送を聴くのである。
 「・・・宮古島、南南西の風、曇り、気温・・・・、松輪島、・・・・・」
 聴きながら鉛筆で白地図上に記載していくのである。そしてそれが終わったら等圧線を描き、低気圧・前線など描きいれるが、局地的な低気圧・前線は自分で推測して描きいれなければならない。大変な作業である。

 今はそのような手間暇かかるような方法はなくなり、インターネットで得られたリアルタイムの天気図で局地的な天気図解析もできるようになっている。

 そのように簡単に情報が得られるようになったから、天気図に詳しい人が増えたのかなと、思っていたが、それに加え、「気象予報士」の資格制度ができ、これが結構な人気とのことで、この影響もあるようである。
 以前そういえば、列車のなかで、楚々とした女性が天気図の入った大判のテキストブックを広げて勉強しているのを見たことがある。女性の就職先として女子アナは最高の職の一つであろう、気象予報士を学生のうちに取っていればずいぶん有利に働くから、この女性もそうかしらん。と思ったものである。

 さて、ところで今晩から明日にかけて、その天気図である。
 インターネットで簡単にみられるから検索していただくとわかるが、少し前、台湾の東部海域で低気圧が生まれ発達を見せながら、日本列島南岸を進みそうである。北からはかなり低温の気団が上空に来ている。
 このような時、低気圧は大きく発達し、荒れ模様になるのはもちろん、普段、雪の少ない太平洋側に思わぬ大雪をもたらす。
 私はこのような低気圧のことを台湾坊主と呼んでいた。昔は気象用語にも使われていた。当然今も言われているものと思って、さっきインターネットで調べたら、なんと死語になっているではないか。
 なんで?差別用語でもないし、なんだろ。災害をもたらす低気圧に他国の名前を付けるのがよくないのかなあ。
 私なんかはこちらの方が表現がぴったりしていいとおもうのだが。気象庁の通達で使われないらしい。残念。
 ちなみに台湾坊主の一般的な天気図の型は下図に示したようになる。
南岸低気圧の例(地上天気図)

 台湾付近で生まれ、発達しながら東海地方南岸に進んだ図である。
 
 このような天気図の時、四国以東に大雪をもたらす。

 明日の天気予想がどうもこのようになりそうである。
 台湾坊主とはお上のお達しとやらで言えなくなっているが、私が見るところこれはまぎれもなく
台湾坊主。

 気象に関係した言葉でもう一つ使ってはいけない言葉を思い出した。裏日本という言葉である。マイナーなイメージで日本海側の人に失礼だというのだが、じゃあ、茶道の裏千家、表千家はどうなるのだろうか。裏千家が劣るなどとは誰も思っていない。あまり神経質すぎるのではという気がする。
 さあ、明日、台湾坊主が大きく育ち、この地方にも大雪をもたらすのでしょうか。それとも雪を伴わない台湾坊主になるのか。
 北からの寒気のわずかな差によると思いますが、こうゆう予想は専門家でも難しいそうです。
 どちらか?朝、起きればわかる。

2011年2月12日土曜日

百均は安いか

 数日前まで暖かい日があったのに、昨日も今日もそしておそらく明日も寒い一日になる。暖かい春のような日が続いていたのに一転して真冬の寒さ。三寒四温を繰り返し本格的な春になるのでしょうが、暖かい日を味わった分、寒さが真冬よりこたえる気がする。
 今日なんかは一日中寒さに震えていた。家でひきこもり状態である。もちろん暖房器具を使用しているがなぜか体のどこかが寒い。

 ホットカーペットで横になっているとついついうたたねをしてしまう。よくないことはわかっていても睡魔におそわれZZZZZZZZ
 目覚めてもしばらくぼんやり、やはり頭が重く、片方の瞼の裏に鈍痛がする。足が冷たい。

 四時前に思い切って外へでる。

 新しくできた百均ショップへ行く。店内は物凄い混みよう。ずいぶん人気があるなと驚く。

 百均が大盛況なのは、これも不況そしてデノミネーションの影響だろうか。百均といえばあらゆる種類の安いものが取り揃えて置いてあり、少ないお金でお得なものをたくさん買えるイメージがある。
 しかし私から言わせれば、たしかに105円で安くお買い得感のあるものもあるが、多くは品物の質を落としたり、数分量を少なくしていて他の店とくらべそんなにお得ではない。
 そして当然のことながら百円未満の品物はない。小間物などはみんな百円に統一されているが、
 「これほんとに百円?」
 というものもある。昔は小間物屋で値段は一円単位で小刻みに付けられていた。百均という名前にくらまされて百円以下のものまで百円に値段を上げられているのではないかという疑いを強く持つ。

 しかし名前の持つイメージは大きい。百均はお買い得感のイメージを与えるのに成功している。

 で?お前は何を買ったって。
 私がここで買うのは決まっている。4つ入った山崎製パン製のドーナツ風揚げパン。105円でお得でおいしいよ。それとポテトティップス、しめて210円のお買いもの。
 寒いので買い物がすんだら早々に帰る。
 夕食は、鍋と言いたいが昨夜贅沢に飲み喰いしたので今日は金を使わない。
 もやしとキャベツのみでかわいらしい(憎らしくない・肉らしくない)やきそばを作り、上に目玉焼きをのせて、出来上がり。貧しいもんですわ。

2011年2月11日金曜日

寒い日だがみんなと会える

 ここしばらく暖かい日が続いていたが、今日はまた真冬の寒さに戻った。昨夜は冷たい雨だったが未明に雪に変わり、朝起きると雪が積もっていた。
 いま午後5時前だが今日は、日中でも気温が上がらず、みぞれが降ったりで、ほとんど家の中で暖房器をつけて過ごした。これから新年会に出るため徳島に行かなければならない。帰りも遅くなるので、今、パソコンでブログを書いてる。
 降雪で交通の障害を心配していたがそれもなさそうなのでちょっと安心している。これからの時間天気予報を見ると曇りだが午後9時を過ぎると氷点下の気温になりそうである。帰りの寒さが心配である。

 楽しい日がこのところずっとなかったので、今夜はみんなに会えることを楽しみにしている。

 
新年会 談笑の時を過ごす 

 午後11時15分、家に帰りつく
 
  二時間前お開きとなり、店の外へ、外気の寒さがこたえる。かなりの気温低下。見上げると上弦の月が煌々と冴えわたっている。もう雪の心配はなさそうだ。名残を惜しみみんな出たところで立ち止まりしばらく話をする。しかし、陽気のよい春の夜ならばと。うらめしく、今夜は極寒の宵、寒さにせきたてられるように、2次会に行くものはそのまま、そして帰るものも店の前でまたの再会を約し、別れた。

 宴果ててのさびしさ、ぽかっと空いたようなむなしさはどうしてなんだろう。人はもっと華やかに楽しくお開きを迎えられるのだろうか。私は違う。でもそれは宴が華やかでなく楽しくなかったからでは決してない。むしろ逆で楽しい談笑の時を過ごせば過ごすほど、果てた後の寂しさは一入である。夜遅くにはねる芝居を見た後、帰る夜道のさびしさといえばわかってくれるだろうか。
 
 幸いなことに一緒に駅まで行くAさんがいるのがありがたい。人通りの少なくなった新町川沿いを通って話をしながら歩む。すでに濡れた歩道は凍っている。

 寒い向かい風が吹こうとも、歩道が凍ろうとも、明日も歩み続けなければならない。
 

2011年2月10日木曜日

もやしもんその2

 このアニメ大変気に入りましたので、つづけてブログに書きます。

 ほんとにこの数か月、ワンピさんやとしさんの影響でアニメを完全に見直しました。
 ワンピさんの今日のブログでワンピのアニメがクローズアップ現代に取りあげられていることを知りました。この放送は私は見てないのですが、今までに放映された番組はよく見ていて主題の切りこみ方はわかりますので、ワンピさんの的確な感想で概ね知ることができたと勝手に思っています。

 そしてこの「もやしもん」。ワンピがマクロな世界を扱うのに対してこちらはミクロの世界。豪胆なワンピに、柔和な「もやしもん」。果てなく広がる大洋に、こちらはせせこましい農大キャンパスと農園。描く世界はずいぶん違っていても、単に面白いという以上のものを残すのはどちらも同じ。
 見終わった後、微生物の知識が自然と頭に入るということはもちろんだが、なんか人も含めたあらゆる生物に対する目線が柔らかく優しくなった気がします。

 一神教的世界観では人と他の生き物は峻別されます。ペット以外で愛情の対象などはあり得ぬこと。まして微生物にこのアニメのように愛情あふれたまなざしを注ぐなどは沙汰の限り。日本人以外にこのようなアニメが作れるだろうかと考えたとき、このアニメの凄さがわかってきます。

 我が国土は豊葦原の瑞穂の国といわれるほど湿潤で生き物を育むのに適した世界。菌類の繁殖でも同じ。祖先はその菌類の中から有用なものを見つけ、多種類の発酵食品を作ってきました。この多さも世界に比類なきものである。
 このような菌類の多さがアニメの元となっているのであるが、このアニメの特長は、人にとって悪さをする菌類であっても、発酵菌類と全く同じ愛情で見ていることである。
 「人にとっては、悪者でも、菌類には関係ないことじゃ。」
 と老教授にいわしめています。
 そして悪者菌も同じようにかわいいキャラにしあがっています。これを見てもわけ隔てのない生き物に対する愛情を感じます。

 この学園が舞台の「もやしもん」、同じように学園舞台のある超人気ドラマのアンチテェーゼとして描かれたのではないかと思われるのですがどうでしょうか。
 それは「のだめカンタービレ」、おしゃれな音楽大学が舞台です。
 それに対し、農業大学、実習は畑の耕作、家畜の世話、糞さらい、などなど、のだめの対極と言っていいほどの場の作り。おしゃれの反対、ださい。そこはかとなく漂うよい香りそしてクラッシック音楽、対、肥しの匂い、生き物らしい喚き声。
 これもし同時に放映すれば「のだめカンタービレ」をおちょくっているとしか思えませんよね。

 若い人が「のだめ」を見て音楽の道に進んだり、音楽に親しんだりするのもいいけど、私としては、「もやしもん」に啓発されて、若者が発酵産業や農業、畜産に興味が向いてくれる方を、うんと応援したいな。
 それにこのアニメの全篇を流れるどんな生き物に対しても注ぐ愛情、これは何にも代えがたい価値がある。子供の情操教育にも寄与すると思う。
 

2011年2月9日水曜日

ねんきんとねんきん

ねんきんその1 
 としさんの影響で借りてきたアニメ、「もやしもん」が面白くて、今日は第5話をみました。発酵微生物学の術語がぽんぽん出てくる侮れない漫画。その中で気になってしょうがないのが、粘菌の形態および生態である。
 
 なぜ私がこのアニメにでてくる多くの菌キャラのなかで粘菌に注目したのか。それはその名前があらかじめ頭の中に入っていたからなのですが、最初はどこでインプットされたかわかりませんでした。ところで、皆さんはこの粘菌て知ってました?一般的でないから知らない人が多いですよね。
 
 今日になってどこで私の頭に粘菌が強く印象付けられたのかがわかりました。
 2年前の8月末、南紀へ行った帰り、白浜へちょこっと寄ったんですけど、そこで「南方熊楠」という人の記念館でこの粘菌を見たことを思い出しました。
 詳しくは言いませんが、この人粘菌の研究の大家で、粘菌もそうとう変わった生き物だけれど、この人もそれに負けず劣らず変わった人らしかったようです。

 まあそんなこんなで、にわか粘菌ファンになり、粘菌のキャラのイラストを考えてたんです。とし君が暇だったらと思ったりもしたんですが、人に頼ってはいかん!自分でせにゃ!
 と決心し、ウィンドウズ7・2010に入っている内臓ソフトで描こうと夕方取り掛かりましたが、どこやらわからん、ディスクトップにペイント、てあるけどこれ使うのかな?
 

 粘菌は右のような形だから私のようなへたくそでも描けるかなと、粘菌キャラの創造に取り組もうとしたのですがツールの呼び出しからしてわからん!
 
 今日描くのはやめました。


ねんきんその2 
 国民年金は65歳から支給で、やまさんは60歳だからまだまだもらえません。でも2か月前封書が年金機構から届きました。それには、今までに厚生年金の期間が1年1か月あるからこの分は60歳からもらえるということで(60歳までにたった1年1か月というのも情けない話だが、1年未満だと受給資格もないそうでかろうじてクリア、ありがたい!)、今日、佐古の年金事務所に行きました。

 「さて、どれくらいくれるか、たのしみ~。」
 「でも1年1か月だから、ちょっとだろう、でも、今年からいただける。」
 
 係りの人が
 「では、概算を出しますのでしばらく、おまちを。」

 わくわく、どきどき 

 「はい、おまたせしました。」

 渡された紙を見ると、24,000円弱の金額が読めた。
 これね、1年額ですよ。
 月に直すと2,000円もない。
 あはははははははは!もう笑うしかない。
 フーテンの寅さんだったら

 「へぇ~~っ、たいしたもんだよ、かえるのしょんべん!みあげたもんだよ、屋根屋のふんどし!けっこうけだらけ、ねこはいだらけ、おしりのまわりはくそだらけ」

 とでも啖呵を切ったでしょうが、上品なやまさんは、

 「え、そんなに少ないんですか」

 といってはみたが、厚生年金は掛けた期間が短いからこんなものかと、後で納得。

 月、2000円ねえ、関西のお笑い芸人が、わずかな金があっという間に無くなることを
 「芋喰うて、屁こいて寝たらしまいや!」
といいますがまさにそのとおり。
 今日は下品ですみません。

2011年2月8日火曜日

冬ごもり 春さり来れば

 寒い北風から、暖かい春風に変わり、過ごしやすくなりましたが、いろいろなことを考えながら逍遥を楽しむには、私には秋の方があっています。
 万葉の時代から快適な季節である春と秋には自然を織り込んだ多くの歌が作られています。歌人たちも私のように、自然を逍遥し楽しむのに春よりも秋が好き、あるいはその反対の人もいたようで、それぞれに春と秋の優劣が論じられています。

 寒さから閉じこもり縮こまっていた体も精神も春が来れば、開放感に浸り、外で元気に活動したくなります。
 それが人も含めた多くの生き物の自然な実感でしょう。

 しかし、いつごろからだろう、特に春先を厭うようになったのは。子供のときはそうではなかった。多くの生き物と同じようにより活発に動きだし、気持ちもウキウキとして子供ながらも春の自然を楽しんだはずだ。
 十年ばかり前、急に始まった花粉症のせいばかりではない。中年以降、春先は花粉症以外にも体の変調をきたすようになった。
 真冬、暖かい布団で、トイレに起きる以外は、よく眠れたのに、同じ気温の朝であっても、春になり、朝が早くなるのに伴って、ちょっとした睡眠障害とでもいおうか、まだ暗いのに目覚め、それ以後眠れなくなってきている。
 また、どうといった症状があるわけではないが、胃腸の不調がぐずついたりする感じが毎年のようにある。喉や鼻は花粉症で言わずもがなの状態。
 皮膚にもかゆみ、目などの粘膜にもちょっとした爛れがある。目のものもらい、ニキビ様のもの、毛穴の発赤が体内から吹き出てくるのも春先だ。
 ホルモン分泌や自律神経のバランスの崩れだろうか。

 春先、からだのどこをどうというのではない、いわゆる不定愁訴を訴える人は私以外にも多い。いい季節なのに体が応えてくれないのが恨めしい。

 今日もそんなわけで機会があればぐだぐだと不調を訴えてやろうとしている体の先手を取って、振り払うように川田川の土手までやってきた。
 とりあえず、てくてくと春の自然の中を歩いてみることにした。

「なに、かまうものか、あるけば、爽快になり、健康にも寄与するはず。」

 川田川が吉野川に流れ込む土手のあたりから、高越山から流れ下る川の上流へ向けて歩き出した。
 晴れてはいるが、春霞が立っていて高越山が霞んでいる。まだ立春を過ぎたばかりで土手は枯れ草色で緑は少ない。
 デカマスクをしているせいもあろうか爽快に歩くというには程遠い。空気も太陽の光もなんかざらつく様な感じで目や鼻の粘膜に刺激を与えそうである。風もかなり強い。秋の逍遥は風など気にしたことはないが、春先は結構風の強い日が多く、これもいとわしいことの一つである。

 それでも歩くにつれ元気が湧いてくる。川田川上流のつり橋まで往復だから8キロある。しんどくなったら引き返すつもりであったが、最後まで歩いて往復を貫徹した。

 心配した杉アレルギーはまだ飛散していないのか、今以上に鼻喉の状態が悪くなることはなかった。でもさすがに歩きすぎて腰とふくらはぎが痛い。


遥か向こうの山裾、アーチ橋が見えてる奥まで歩く。
 風の強いのがはためく幟でわかる。
 左は川田川、土手上の道を歩く。






奥の山際近く、小さな簡易郵便局がある。
廃止にならずに今でも頑張っている。
懐かしい雰囲気の郵便局なので写メールに撮る。















川の上流、高越山の上りとなるあたりにアーチの青雲橋が架かっている。
 ふいご温泉の入り口から見上げる形で写真に撮る。
 温泉には入らないで、さらにもう少し奥の折り返しのつり橋へ。




つり橋・鞴橋。
渓流まで滑りつつ降りて見上げる。
ここまで来ると水がとてもきれい。




















ふいご温泉全景とアーチ橋。
宿泊もできる。








 春は気温も上がりかつ湿度も低く、おまけに風も強い、火災の季節である。
 帰り、土手上から見ると向こうの阿讃山脈の中腹から煙が、山火事であろうか。
 霞で写真では見づらい。
 手前の土手にかかる今時珍しい赤レンガの橋脚は徳島線の鉄橋。













あんのじょう、夜になって昼間の無理が祟る。
湿布膏薬と点鼻薬、目薬でちゅうぶるの体をメンテナンスする。