2011年2月7日月曜日

ウォーキングと紅梅

 体調が少し良くなったので今日は昼過ぎに歩きました。
 
 3キロほど歩いた山裾の千年クスノキの下に梅林があります。多くはまだ小さな蕾で花は咲いていないけれども、豆粒のような白い色をしていて白梅ということがわかります。
 この白梅に混じって何本かある紅梅の枝にはかなりの花が早くも咲いていました。

俳句で

梅一輪 一輪ほどの あたたかさ (服部嵐雪作)

という句がありますが、何輪もの花で暖かさが倍加したのでしょうか、今日は歩いていて汗が出るほどでした。
 鼻を近づけて匂いをかぐと梅の上品な薫りがします。








 

2011年2月6日日曜日

地元温泉とお接待宿

 わが吉野川市には4つもの市が管理あるいはかかわっている温泉施設があります。多すぎる気がするんですが、合併前の3町1村がそれぞれ公営の温泉として持っていたから仕方のないところがあります。
 
 そのなかで私が住まいする旧鴨島町の温泉が「かもの湯」です。人口が一番多い旧町にあるためいつも休日などは満員。
 ここ、泉質は(もちろん冷泉ですけど)よくて、その意味でブログを見てる皆さんにお勧めしたいのですが・・・・・・・・
 私は地元ですが、実は1回しか入ったことがないのです。泉質はおくとして、脱衣場、洗い場ともに狭く、きわめて窮屈です。また、休憩室がありません。だから、ゆったりくつろぎたい私はリピーターになる気はなく、お勧めするのに躊躇があります。
 この温泉、建物はあくまでも簡易施設なんです。だから屋根部分はまるでサーカスのテントのようなつくりなんです。だから、狭く、部屋も取れないんです。
 しかし、地元で手軽に温泉に入りたいひとは、主に泉質の良さを目当てにたくさんの人が利用します。市内の高齢者は割引もあるのでお年寄りのかたも多いです。

 泉質はいいので、お年寄りが入っている雰囲気や、芋こぎの浴槽が好きな方はどうぞおいでてください。

 この温泉場の敷地にボランティアで大工さんが建てたお接待宿(無料のお遍路宿)があります。
 最近のお遍路さんはリッチな方が多くホテル、日本旅館、安くても民宿へ泊まる人が多いでしょう。いま、本当に出したくてもお金の出せない貧窮の人が遍路をするのは少なくなっています。また、全財産は身に着けているものだけという人も少ないと思います。
 しかし、お四国遍路は昔は(昭和の30年代くらいまで)そういう人々であふれていました。
 行き倒れになる人もいたぐらいですから。
 そんな人々に我らの先祖は貧しいなかからも、お接待として、金銭、米・食糧、一宿を与えたのでした。お遍路さんはたとえ一人であってもその背中に弘法大師を負っています。お大師様に対するお接待と同じように思われたのでしょう。
 
 そして、今、やはり金銭に窮屈なおもいで旅をする人もいます。その人の為にここお接待宿はあるのです。優しい心があらわれたこの施設にちょっと感動しました。

温泉能書きとおんせん入り口

お接待宿

温泉の横に建てられている

上が男性用部屋3畳、複数の時は雑魚寝
下は女性用2畳、2人以上は無理か
 情けはひとのためならず、雨露しのげる家に住む身ではあっても、人の世は同じ仮寝の旅の宿、たすけあっていきましょう。

2011年2月5日土曜日

もやしもん

 風邪の養生のため今日も一日ほとんど家でいました。退屈なので昼ごろ食料品を買いに行ったついでにDVDを何本か借りてきました。そのなかの一本が「もやしもん」です。

 ほんとは漫画本であり、それにもとずくアニメなんだけれど、私が借りたのは実写+アニメ、でした。実写で物語は展開するのだけれど、わさわさ出てくる菌類はすべてそれぞれの種類によって特徴をもったアニメキャラです。
 農業大学が舞台の学園ドラマ風なんだけれど、「野溜めカンタービレ」のようなおしゃれな音楽大学でなく、家畜の糞にまみれ、農作業に精を出し、汚れた作業着で構内をみんなが闊歩するような大学。「野糞フンマーミレ」!
 主人公は何代か続く老舗の醸造業の息子、なんとか右衛門タダヤス、とかいう御大層な名前を持ち先祖伝来の麹菌とともに新入学した農大生。研究室には菌まみれの老教授、それになぜかバニーガールのような場違いな美人大学院生。
 
 そのような設定のそれだけでお笑いの要素満載。見終わって、確かにわらえましたわ。

 しかし、おかしいドラマではあってもこれは簡単に笑って終わりというだけではありませんでした。アニメとは思えないような高度な専門性、ふつうはみんな知らない微生物の世界をキャラを借りて正確に表現しています。舌を噛みそうなラテン語ではないかと思うような菌の学名がさりげなく入れられます。これがなぜか頭にスット入るんですね。
 「これねえ、えらいことですよ。」
 菌類の学術名がぽこぽこ出てきて、笑い楽しみながら頭に入る。そして特徴ばかりか生育環境、までも知ってしまいます。大学の微生物学の退屈な講義内容が極めておもしろいアニメになったようなものです。そして頭への定着率はこちらが100パーセント。

 日本のアニメの洗練された質の高さに脱帽しました。
 私は年配者の常としてアニメをちょっと小馬鹿にしたところがあったんですけど、これなんか見るとほんとに舌を巻きますわ。十回繰り返しても覚えられないような、ラテン語の学術名を笑いながら、ガキがたった一回で丸覚え。微生物学の老学徒が(そんな人いるの?)ラテン語の学術名辞書を放り投げ、あたまを抱え。
 「あああああ、俺の人生なんだったんだ!」
 漫画、馬鹿にできませんよ。

 そういえば、最近、ワインについてえらい薀蓄を垂れる人が急増、みんなソムリエかしら?
 いえいえ、そうではありません!
 漫画の「神の雫」たらいうものの影響とか。
おそるべし、まんが 

 訓練校でワンピさんと知り合い、アニメワンピースを知りました。
 そしてとし君からは、この「もやしもん」
 お二人の人格と重ねて見てしまうところがあります。

 正義感が強く冒険好きで、世界の海に飛び出すルフィをワンピさんに。
 一見目立たないが実は世界のもっとも重要な生物連鎖の基幹をつかさどり、なくてはならない生き物を描いたもやしもんにとし君を。
 ごめんなさい、私のおもいこみをいって。でも、お二人がいなければまずこんな面白いアニメは知らなかったもですから。見るたびに思い出すのは許してください。

実写もやしもんの写メールと携帯動画をアップして入れてみました。
TV画面だから見にくいかも
これはO-157です。
野菜サラダに入っていて
食べる寸前、主人公が見て発見、大事に至らないというもの。









きれいな女の子の口の中にもさまざまな菌が 

 菌キャラが「かもせ、かもせ」という言葉を発します。
 これは「醸す」発酵させるという意味ですね。音読みではジョウだけど、古代日本語が残っているのではないかと思われる訓読みでは「かも、かむ」になります。
 以下は推定ですが、
 発酵も菌の酵素の働きによって化学変化を起こさせるものです。たとえばでんぷんを糖に変えるのはこうじ菌です。
 これとよく似た働きが我々の口の中にあります。菌の働きではなく、口中の消化酵素(唾液に含まれる)ででんぷんを糖に変えます。
 古代日本では、神に仕える処女が米をくちのなかで「かみかみ」し、唾液で糖に変え、その混合物を壺に入れ(かみかみ、ぺっ。でしょうね)さらにアルコール発酵させ酒を造ったと、何かの本で読みました。
 この行為から、「醸す」、「醸む」、(口で噛む)という言葉が来ているのではないかと思うのですがどうでしょう。
 なに?きちゃないですって?神聖な神に仕える選りすぐりの美女で処女がかんだ、かもした酒、万金に値する酒ですぞ。
 飲んで酔ってみたいと思いませんか。 

2011年2月4日金曜日

袖ひじて 掬びし水の こほれるを

 今日は暦の上で立春、そして暦どおり正直にどことなく春めく一日となりました。このところ毎日のように家の前の江川に氷が張っていましたが、2日前からはそれもなくなりました。
 今日の昼過ぎの日差しの明るさ、そして、日向のあたたかさはもう春。こころもウキウキと言いたいところですが、結構重度な花粉症を持っている身にとっては、つらい季節、パロディー風に業平の和歌でいうと

世の中に たえて花粉のなかりせば 春のこころや のどけからまし

花粉さえなければ外で春の息吹を感じたいですね。
春の野山に出て深呼吸したり、大あくびできる花粉症のない人がうらやましい。風邪の症状も治まらぬ今日、早くも花粉がとんでいるのかしらね。もしそうだとすると、目、鼻、喉、ダブルパンチです。

 一週間ほど前になるかなあ。春の花木を見に行きました。といっても桜じゃないですよ。木偏に春、文字通りの春の花木、「椿」です。
 石井町にかなり大規模な椿園があるのをご存知でしょうか。何十種類もの椿が農大の山裾に植えられ、椿園を作っています。でも行った日はまだまだ寒く、この日も最高気温はおそらく5度以下、春を感じさせるものとて何もなく、せめて春をその中に含んだ椿でもと寒風に吹かれ丘を登って行きました。
 しかし花が見られたのは数本ある山茶花のみ、丘の上部までびっしり植わっている椿はどの種類もせいぜい蕾、ほとんどはまだまだ固い小さな蕾ばかり。
 
 「はやかった、これだけ寒いのだから、当然か。」 
 
 濃い緑のつやつやした葉っぱのみの林は陰気で暗く、寒さがよけいつのる。丘を降りた谷地になったところが公園の広場になっている。山陰で冬日はほとんど射さず、夏でもじめっとしているところ。今は凍りついたような場所。
 そのまた隅の方に公衆トイレがある。かなり古い旧式トイレだが、なに、構うものか、小用だからと使用した。
 終わって手洗い場所をみると、なんと、陶器の手水鉢に水を入れておいてある。

 「手洗いも、旧式か、いまどき珍しい。」

 しかしよく見て2度目のびっくり。透明な厚氷がピッシリ張っている。人差し指でちょんちょんと突くが、相当厚くびくともしない。
 この頃は連日、朝は氷点下の気温、最高気温も一桁前半、おそらく何日も解けずに、そのまま厚く成長したのだろう。

 そして今日、風邪を引いているため家で過ごしているが、昼ごろの暖かさや陽気は家の中にいてでもわかる。ほんとに立春にふさわしい日です。
 
 この日、あの手水鉢の厚氷はどうなっただろう。何日かかけて成長したとはいえ、立春の今日の暖かさ、解けたのかなあ・・・・・・・・・・・・・・

 おなじ感慨をもった歌が古今集にある。


袖ひじて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ    (紀貫之作) 

一週間前の出来事で画像もないし、あったところでトイレの手水鉢ではあんまりなので、
 これはわが町吉野川市の名水、龍王水の筧から流れ込む手水鉢を画像として入れました。

 こちらは流水なので凍りません。そして陶器ではなく石の手水鉢です。

2011年2月3日木曜日

ある日を境にぱったりと

 今日はしんどくてブログを書く気力も乏しいんですが、毎日書いてるもので、一日でも書かないと何か落ち着きません。
 
 ちょっと考えてみました。この桃山日記がある日を境にパッタリ更新されなくなったときは、どんな時だろうかと。
 
 まず一番可能性のあるのは、生活費に追われインターネット回線の契約をやめる。
 
 救いのあることには、おそらくいやいやとか、泣く泣く金がないから打ち切ることにはならないだろうと思います。もちろん、金銭上の理由ですが、最近、インターネットより本やノートの方が恋しくなっています。目も老化でしょうひどく見えにくくなっています。残された日々は、ゆったりとした読書やノートに随想を書き付けることにしてもいいなと考えています。だから、回線使用料を払うのが窮屈になったら、おそらく思い切りよくすっぱりやめるでしょう。

 そして、次の可能性は忌まわしいことですが、パソコンを操作できないくらい重篤な病気、あるいは死亡です。

 私は訓練校に入学したおかげでブログというものを知り、続けております。ブログの作成の仕方、アップのやり方すべて訓練校の先生や教室の仲間に一から教わりました。だからこの桃山日記の読者は訓練校の仲間が主です。読みながら、教室にいたときのやまさんの顔や喋り方、が目に浮かぶでしょう。
 ウェブ上の桃山日記のやまさんではあっても、みんなは生身のやまさんを知っています。ウェブ上からスパッと消えたとき、
 「病気ではあるまいか」
 「ミイラや白骨になってはいまいか」
 「ああ、ようやく、くたばったか」
 現実のやまさんを知っているだけに何らかのおもいはあるかもしれません。

 ほんとはウェブ上だけの桃山日記のやまさんでいたかった。ある日を境に消えたとき、現実のやまさんを知ってるみんなに忌まわしい(想像力のある人だともっとおぞましい状況)想像をさせなくて済みますもの。
 やまさんは高齢で、インターネットを始めたのが遅かったですが、ウェブ上のみのパーソナリティーが存在することは知っています。究極、このようなヒトの作るブログがいいのではないかと思います。
 
 ウェブ上だけでしか存在しないやまさんが、スパッと消え去る方がクールでかっこよく、あとに嫌な匂いを残さないですよね。

 話は変わります。
 風邪にはなぜか子供のころから、アスピリンを愛用しています。今もそうです。今日も昼過ぎに飲みました。風邪のいろいろな症状のうち頭痛は治まりました。後はいけませんけどね。
 あと、葛根湯を飲むくらいです。
 まあ、風邪では死なんと思うけどこじらせればわかりませんね。

2011年2月2日水曜日

テレビに触発されてまた沖の洲へ

 今朝の四国放送の、「おはよう徳島」は、江戸時代の徳島の古地図と今を対比させながら、その変わり様についてリポートするものであった。途中から見たが、ちょうど沖の洲についての話らしいので、興味をもって視聴する。
 この間のブログで沖の洲の由来となった地形も、今は埋め立て工事が進んで見る影もない。と書いたが、リポーターも同じようなことを言っていた。
 ただ、さすが放送局の企画力はすごい。昔の古地図にあった海岸線を調べ、今の地形と当てはめ、その一部分がいまでも残っていて、今も残る岸の地形や、防潮の土手・石垣、松並木の一部などが現存していることをリポートしていた。そして、カメラとともにその場所に繰り出し、録画したのを今朝放映したのである。
 もちろん郷土史家などの専門家は今に残る昔の地形や風景についてはよく御存じだろうが、我々は知るすべがない。まして、江戸時代の絵地図と対比して今はどうか、などというのは知ることが出来ようはずがない。
 このような企画の(途中から見たのでわからなかった部分はあったが)番組を作ってくれたことに感謝している。

 今朝、テレビを見た後、早速、昔の沖の洲の地形、松並木、土手、などが残る場所に向かった。

 この間は、福島通りをひたすら東へ走り、コンクリートばかりの人工の街にがっかりしたが、今日テレビに教えてもらったのは、南沖の洲地区に残る昔の跡。行く前にインターネットの地図やグーグルアースの立体地図で目的の場所を検索し、メモを取り、駅から自転車で向かう。
地図にピンを刺し、目的地を示したかったが、やり方がわからない。いま刺さっているピンは違う。沖の洲幼稚園の南側に当たる地域が目的地。


大きな地図で見る

上は沖の洲幼稚園あたりの地図である。地図の左の+マークをクリックして沖の洲幼稚園を表示してください。この辺りに昔の沖の洲の面影が残る。

沖の洲幼稚園の南に昔の松林の一部がのこる。
 右は土手。

土手の向こうは昔は海であった。下の写真が土手の向こうから撮ったもの。 



この左から海があった。
今は埋め立てられて海までかなりある。









左が沖の洲幼稚園、昔の海岸に沿った松並木








中には二抱えもある大きな松が

しかし、アスファルトで覆われた街中の環境のためか、弱っているのや、枯れかかっている松が目立つ。



















古地図にある南沖の洲の海岸は上記の写真に見るように今は街中にある。
 そこを突っ切ると、明治~現代までの埋め立て地。
 なにやら見覚えのある店。
 もう10~15年も昔、ここで海鮮料理を食べたのを思い出した。
 こんな高級和食はこれからはたべれないだろうな。とおもいつつ横を通る。

2011年2月1日火曜日

パニック映画

 みなさん、映画鑑賞はお好きですか。私は若い時から、映画が好きでよっ~く行きました。還暦を迎えても相変わらず好きで、よく見ています。もっとも最近はDVDを借りて見ています。これは便利ですよね。新作封切り後2~3か月もすればDVDを借りられますもの。それに最新作でも一泊なら105円で借りられます。このように映画鑑賞が手ごろで身近になったため、学生時代、毎週のように映画館に足を運んでみていた時と同様か、いや、むしろそれ以上に見ているかもしれない。

 それにしても映画館の数、減りました。というより、徳島市内においては絶滅状態。私が学生の頃は手足の指に余るくらいはあったことを考えると隔世の感があります。
 1月22日のブログで沖の洲に行ったことを書きました。このとき福島の大通りを通ったんですけれども、40年も昔のことを思い出してある場所で少し思い出にふけりました。
 福島の大通りに面して、昔、福島平和劇場という映画館があったのです。ここは主に洋画中心で、封切りから1~2年以上たった名画を安く見せていました。学生で貧乏だったから、封切館は敬遠してここへよく通いました。チケットを買うと次の割引券をくれました。学生にとってはありがたい映画館でした。蔵本にも姉妹館があって、この割引券を使えましたが、こちらは主に邦画でした。

 ところで、皆さんどのような映画のジャンルがお好きでしょうか。私は雑食性でどのようなものも見ます。
 しかし、この一週間は、つづけてパニック映画を見ました。やはりねえこのところ続いている自然災害、特に長期化しつつある大雪や火山噴火が気になってしまってね。また、四国はやがて起こることが確実な南海大地震やその津波もね。
 娯楽という意味ではなく、これから百戒を得るという意味で。
 え?ほんとに教育啓蒙的見地からのみ見たの?すこしは娯楽で見たんじゃないの?と言われそうです。
 まあ、少しは・・・・・。あまりつっこまんといて下さい。

 見たのは2本。最新作です。

〇 「TUNAMI」 題名通り津波の映画、韓国映画で津波でプサンが壊滅する。

〇 「バルカン」 ドイツ映画、題名もドイツ語で火山という意味と思う。噴火でドイツが大被害。

 感想は?
 日本以外の国だったらパニック映画としてヒットするかもしれないが、日本人がみれば首をかしげるような設定、ありえないような非科学的な言説をのたまう科学者、信じられないようなおどろおどろしげな被害、つっこみ満載の映画でした。

 これを見たのは、日本に住む私としてありうべき災害の警告的意味だったんですが、この2本の映画を見て、逆に子供も含めたわれわれ日本人の火山や地震、津波の科学的知識、被害の的確予想の意識の高さを認識させられました。

 韓国もドイツも火山国でも地震国でもありません。国民全体の火山・地震に対する意識はずいぶん低いものです。
 しかし、考えればこのような国だからこそ、おどろおどろしく大げさな火山地震のパニック映画を作れるのだろうと思います。
 われわれ日本人がこのようなパニック映画を作れば、災害状況、人的物的被害を含めて、非常にリアルな申し分ない映画が作られるでしょう。だけど、明日、現実に起こるかもしれない大噴火、大地震、大津波を考えたとき、娯楽映画として作れるでしょうか。
 そのようなことを考えれば火山、地震のない国で娯楽としてパニック映画が作られるのは当たり前です。そして、非科学的、大げさすぎるのも仕方のないことです。
 日本人がこの二本の映画の主題で作れば、正確過ぎて科学的啓蒙映画になるでしょう。日本人の観客の知識・意識の高さから娯楽やシャレを許しません。

 けっきょく、自らへの戒め、自然災害の警告としてパニック映画を見るつもりでしたが、防災知識・意識は世界中で日本人がダントツであることがわかった。そして、こんな、子供でもありえんと笑う映画は日本では受け入れられないわ、と思った映画でした。

 大雪は峠を越えたようですが、新燃岳は溶岩ドームが急成長してるみたいで心配です。爆発、火砕流の危険があるそうです。現実にパニックにならないことを祈っています。
溶岩ドーム