一昨日、なにか面白い映画DVDはないかとビデオ屋に寄った。特に見たいものはなかったのだが並んでいる棚に
『太陽の子』という映画DVDを発見した。そうだ!一年前に新作でリリース開始の時、旧作落ちしてレンタル料が110円になったら見ようと思っていた映画だ。すっかり忘れてた。リリース開始から一年たつので旧作コーナーにある。さっそく110円で借りた。
すこし期待していた映画なので、いつもなら二週間のレンタル期間のあるDVDはなにゃかやと他のことをしながら、中断しつつ見ていたが、二時間弱の映画を一気に最後までみた。見終わった感想としてはかなりいろいろのことを、それもさまざまな分野において考えさせられる映画だった。そのため見終わったインパクトは最近にはない強烈なものであった。
映画の範疇としてはこれは戦争映画になるのだろうか。太平洋戦争中、陸軍からの依頼ないし命令により、空前の破壊力を持つ原子核の力を利用した新型爆弾の研究(つまり今日でいう原子爆弾のことである)を託された京都大学の核物理関係研究室の教授とその院生の研究チームの話である。主人公はその研究チームの若き院生であり、映画はその院生に焦点を当てながらも、研究チームの実験研究の困難さ、そして都市を一発で破壊力する爆弾を作るについての是非(あくまでも是非、それは複合的な視点から見ていて、単に人道主義に基づく善悪感のみからの視点ではないところがいい)。そして主人公の家族のエピソードなどで構成されている。
戦争映画ではあるが、悲惨な戦死の場面や、空襲で一般市民が殺されるシーンなどはない。しかし広島に原爆が投下されたあと研究チームが焼け野原の市内で調査するシーンがある。そこでもう無機物と化した被爆者の骨片を拾い、放射能の測定にサンプルとして持ち帰る場面、そして多くの遺体を集め火葬にするが猛火の中遺体の形は定かではないが、五本の指のある手らしきものがチラチラ見える所などは、戦場での戦死や空襲で逃げ惑いつつ死ぬシーン以上の恐ろしいものがある。
リアルな戦死や空襲死などはないが市井の空襲時の防火のため否応なく強制的に家を取り壊すシーンがあり、京都市は結果的には空襲はほとんど受けなかったが、京都市でも戦時中は防火域設定のため家の強制取り壊しがあったことがわかり、防空壕とともにそのような空襲対策があったことがわかる。
単なる反戦映画でないことは、院生(大学院)たちが原子核の実験教室で、原爆の是非について人道悪というような観点から(これなどはまったく現代から見た視点だが)ではなく、まず第一「果たして理論的に可能なのか、そしてそれをどのように具体化したらそのような爆弾ができるうるのか」、を議論し悩む。当時の厳しい戦時経済下、原材料、実験用具、進んでは大量生産の段取り、膨大な電力、などどれをとっても不可能に近い貧弱さである。院生・研究者の中には不可能だという者もいる。ただ可能である道筋つまり核分裂物質の生成の具体的方法、もちろん原料確保もだが、そのプロジェクトの青写真が出来れば、軍部は起死回生の兵器として、今以上に物量人員を投入してくれる、という意見もあり、結局、それが半々の意見となりながら核分裂の物質の精製に努力するのである。
その議論の中である研究生(院生)が原子爆弾の威力を計算している、そのなかでもしアメリカのサンフランシスコでそれを使えばおよそ20万人が死亡する、という、すると別の一人がいや僕の見積もりでは30万だ。議論している若者は皆一様に驚く、一人が「こんな兵器は許されていいのか」と当然のことを口にする。それに対し別の一人は「もし我々が完成しなければアメリカが作り、またソ連も作るだろう。日本がやらなくても世界の大国はそれを作り戦争に使用する」という。これに反論できるものはいなかった。(実際アメリカが真っ先に完成すると、敵である日本に躊躇なく使った)結局、議論は、「なんとか日本が完成すれば戦争は終わる」というものであった。この最後の言葉は意味深である。これはもし軍部がきいたら、今まで想像も出来なかった一都市を一発で荒廃させる爆弾の完成で「大日本帝国が勝てる」という意味に取られるだろうが、この議論中の若き科学者の考えは、そうではあるまいと私は思っている。その心は「日本が完成させられるなら、科学者が多く物量も桁違いに多いアメリカも当然完成させるだろう、そうなる日本とアメリカは相互に核を持つことになる。相互に使えば、両国とも都市は全滅になりかねない。だからこれはむしろ完成された時点で使えない究極の兵器となり、戦争遂行にはお互いにブレーキがかかるはずだ、つまりもう戦争は出来なくなる」と私は読み解くのである。
このような言説を映画の中で聞いたわけではないが 「戦争が終わる」という若き科学者の言葉に、原子爆弾の製造に関わる科学者の、ある「良心」いやそれは「言い訳」かも知れないが、そのように私は解釈したいのである。上記の「・・・お互いにブレーキがかかるはずだ」のフレーズは、冷戦期に「核抑止理論」に発展する。戦後、アメリカに続いて1949年ソ連が原子爆弾開発に成功する。その時点で米ソの一方が戦争で核を使えば必ず報復される、そして国全体が破壊されるだろう。それがブレーキとなって米ソは全面戦争が出来なくなったのである。
これは戦後何十年かたって、ある日本のジャーナリストがオフレコということで、まだ生きていたアメリカの軍の当時の戦略政策の立案者であった高級軍人に次の質問をした。
「もし、1945年8月の時点で、日本が原子爆弾を持っていたら、アメリカは広島に原子爆弾を落としましたか?」
ときくとその軍人は、「いや、おそらく使わなかっただろう。同等の被害をアメリカ西海岸の都市に受けるのはアメリカは耐えられない。」といったという(これには大型爆撃機を日本が有しているという前提もあるが)。映画の中で日本の若き科学者の、「原子爆弾が完成すれば戦争が終わる!」と言ったことが、これに結びつくかどうかわからないが、少なくとも(米将軍の言葉を信じるなら)広島、長崎の被爆はなかったはずである。
また研究室の指導教授は次のようなことをいっている。
「日本はエネルギーの問題で(米の石油禁輸が戦争の引き金になったのはよく知られている)戦争になった。もしこの桁違いに大きい原子核のエネルギーを取り出すことが出来ればエネルギー問題は解決するだろう」
と原子核のエネルギーを爆弾以外にも使えることを示唆している。これは後の原子力発電の事をいっている。
ここまで書くと、ちょっと京大核物理学研究室を大げさに描きすぎているんじゃないかと思われようが、彼らは軍人ではなくあくまで科学者である。また京大の伝統として反権力がその底流に、たとえ戦時であっても根強く残っていたであろうことを考えると、好き好んで大量殺戮兵器を積極的に作ろうとしたとは思われない。理論の不完全性を埋めるためさらなる研究を(といいつつズッと引き延ばす)、とか、また原料不足を言い訳に、ほぼやる気がなく、ただ、研究室自身の目的、すなわち核物理学の学問的な研究の深化が第一目的でなかったのかと思われる。後に紹介する最近のアメリカの学者の日本での原爆研究に関する著作をみると、そもそも京大の研究教授や研究生には原爆完成の意欲などほとんどなかったのじゃないかと指摘されている。また教授が若き科学者を戦地にやりたくない目的のためこの研究計画を利用したことも事実である。
映画で描かれる研究の困難さは、核分裂を起こす「ウラン235」、天然ウランにわずか0.7パーセントしかないのを取り出す装置を作る実験に終始する。失敗の連続である。また心当たりのある有用なウラン鉱山もない中、原料としては陶芸の釉薬につかう黄色顔料がウラン酸化物なのでそれを手に入れるところから始まる。お話にもならないわずかな量である。この研究室では濃縮は「遠心分離法」によっている。ただ実際にウラン原爆を完成させたアメリカは六フッ化ウランを気化させ、拡散法によってウラン235の大部分を生産している。日本でも六フッ化ウランを作り拡散法も研究されたようであるが、映画では描かれない。この「遠心分離法」はまったく無駄かというとそうではない。現代では北朝鮮やイランが行っているウラン235の濃縮は主に「遠心分離法」である。
このような遠心分離装置製作の困難以前に、ウラン原料が陶芸のわずかな黄色釉薬しか手に入らないのではまず入り口から無理である。たとえ(今では当時の日本の植民地であった北朝鮮にウラン鉱山があるのがわかっているが)原料が大量に手に入ったとしても、装置を大量生産し、ウラン濃縮工場をつくるのは、資金、電力、工作機械何もかもない。ほぼ絶望と言って良い。ただ机上においては原子爆弾が理論上の作成可能であることはわかっていて、この京大の研究室のレベルは高かったことは言っておく。
※ 戦前の日本の科学レベルについてちょっとお話ししておきたい。原爆を含めあらゆる科学機器を利用した兵器についてアメリカより劣っていたのは事実だろう。それは物量・エネルギー潤沢な国との比較ではやむを得ない。しかし、現在我々が思っている以上に戦前の日本の科学のレベルは高かった。湯川博士の中間子論はすでに戦前に論文にされていたし、核物理学の大家、仁科芳雄や長岡半太郎もいた。戦後、ノーベル物理賞を日本人が多くとるのはこの基礎があったからである。第二次世界大戦が始まり海外の核物理学論文は各国の軍事戦略もあり入らなくなって、相互研究は途絶えるが、それでも核物理学研究は日本独自にも進められた。 おそらく皆さんは知らないが、広島に落とした原子爆弾の重要な技術に日本人の発明なるものが使われていた。下の写真をご覧ください、これが広島に落とされた原爆「リトルボーイ」の写真であるが、黄色の印に注意して欲しい、これYGI-antennaと米国では当時読んでいたが、これは八木アンテナのことでこれは日本人が発明したものである、指向性のある超短波の受信発信に使われるもので、原爆の垂直位置をこのアンテナを使って感知したものである。原爆はあらゆる物理化学、工学、電磁気学の集大成であるが、日本人の発明もその中に入っているのである。
これは一つの例であるが、私は、もし政府・軍部にこの爆弾の完成に強い意志があり、有能な指導者の下大きなプロジェクトを組み、アメリカのように潤沢な資金原料があり、全科学者を動員していれば、1945年8月に間に合ったかはともかく、原子爆弾の完成の可能性は高かったのじゃないかと思っている。しかし、この仮定のすべてのものがまったくと言っていい程なく、完成は不可能だった。
私がこの映画に副題をつけるとすると『戦時中、原子爆弾研究に尽くしたある若き科学者の物語』になる。主演は柳楽優弥、主に実験担当で実験にのめり込むタイプの若い学者である。核物理学専攻なのに高等数学の計算が苦手なのは、ちょっと御愛嬌のような気もするが、実際にいそうな気がしてむしろリアル感がある。また彼の家族の物語も多くのエピソードとともに取り入れられていて面白みを増している。彼の弟も出てくる。学問肌の兄とは性格が違う、兄は理工系で軍依頼の研究室にいるため徴兵を免除されているが、その代わりだろうか、弟は軍に志願する。そしてなぜか長期の休みをもらって家族のもとに一時帰ってくる(なぜ長期の休暇をもらえたのかは、後で明らかになる)
映画のエンドロールを見るまで知らなかったのだが、この弟の配役は三浦春馬である。そのエンドロールで彼に対する追悼文が出てきて気がついた。彼、この撮影直後に自殺していたのだ。この映画はなんども言うように戦争物にしては悲惨な場面はほとんどない。しかしこんな場面がある。兄弟と幼なじみの娘と三人で美しい海浜に行く場面である。ほのぼのとしたシーンが続くが、場面が変わるとなぜか弟が一時姿を消し、探す兄の前で弟が海岸の深い海に向かって進んでいくところがある。自殺か!と驚いた兄は海の中へ入り止める、その時の弟の台詞、「おそろしい!(怖いだったかもしれない)」「死ぬのは!」「でもオレだけが死なないわけにはいかないんだ」、このとき、彼は特攻に志願していたのである。また別の海浜のシーンでは、海と戯れる兄弟は、やがて二人とも素っ裸になり、若々しい肉体を波に打たせる。(遠景だから見づらいが)
波に戯れるギリシャ神話のアポロンのように若い肉体を持った美しい青年は、特攻で死ぬことを運命づけられている。しかしその青年は、劇中劇のシーンのなかから外部へ抜け出してやがて自死する。これは「現実世界の中に演劇舞台が存在しさらにその中にまた演じられる舞台が・・」という入れ子構造のようである。そのなかで劇中の弟というキャラで死に、またこんどはそこから別の世界に退いてそこで三浦春馬というペルソナ(仮面)を被って自死したのである。私はそこになんともいえぬ「
映画俳優の運命的な悲劇」をみる。その意味で、この映画はちょっと異質なものなっている気がしてこれらのことは強く印象に残った。
大日本帝国は原子爆弾を完成することなく崩壊する、二発の原爆を浴び多数の死者をだしながら。歴史にイフはないし、時を巻き戻せるわけではない。アメリカのある将軍が言ったようにもし当時、日本が原爆を完成させていれば、アメリカは使わなかったろうという確証も今は意味がない。京大の研究員が言ったように原爆の完成で「これで戦争が終わる(半永久的に戦争がなくなるという解釈で)」ということはなく、その後も戦争は断続しながら今現在まで続いている。ただし、核を所有した国に対しての直接の攻撃で核所有国同士の戦争は起こっていない。いわゆる「核抑止力」は働いていると言っていい。
大日本帝国は崩壊し、その領土は日本本土を除くと6つの国に別れた。韓国、北朝鮮、台湾の3国、そして太平洋諸国3つ(パラオ、ミクロネシア、マーシャル)である。元は帝国領とはいえ、日本本土以外はその帝国の遺産を引き継いでいるとは言えないが、どこの国とは言わないが「偉大なる北の首領さまの国」といえば、どこかいわずもながだが、この国の核兵器に対する態度をみていると大日本帝国の「核の怨念」をもしや引き継いでいるのではと疑ってしまう。最貧国の経済ながら、ただ核兵器の開発所有のみに特化し集中し、核搭載ミサイルまで完成させた。巨大なアメリカと対峙したとき一瞬で踏み潰されそうであるが、核兵器一点のカードのみで生き延びようとしている。まるで1945年8月直前に日本が核爆弾(運搬手段も含め)を完成させていたら大日本帝国ははたしてどうなっただろうか?というシュミレーションを大日本帝国に代わって自ら演じているようなものではないか。この意味でかの国は、大日本帝国の核が完成していればなぁ、という怨念を引き継いでいるんじゃないかと思ってしまう。果たして核というカードでこれからも世襲の偉大なる首領さまの国が存続できるのか。
映画を見終わった後、ブログを書くため図書館で借りたのが下の二冊の本。
左は最新の新刊である。当時のアメリカの核製造の背景・歴史、同じくソ連、旧ドイツ、日本帝国、などいろいろな国の核製造の背景・歴史を叙述してあるが、米トルーマン大統領の「日本のような獣をやっつけるために原爆投下は当然」などという当時の言説を読むと、胸くそ悪くてアメリカの章は読んでいない。読んだのは当時の日本における核兵器のアプローチの章であるが、こちらは大変参考になった。映画で荒勝という教授が出てくる。架空の人物であると思っていた。私の今までの理解では、日本の原爆開発の第一人者は仁科芳雄博士と思っていたが、この本によって荒勝教授は実際にいて核分裂の研究に従事していたことがわかった。
映画の最後に、実際に戦時中、原爆開発に関わった研究者のモノクロの集合写真が出てくる。これをみてもこの映画は全くのフィクションでなく、かなりな部分事実に基づいているということがわかる。なお、映画のナレーションとして時々、英語で語る人がいる。最後にこの人はアインシュタインであったことがわかる。彼の最後のナレーション
「科学は人間の思惑を超え、進んでいく」(私はその語の後に、例えそれが悪魔的世界をもたらすものであっても、と付け加えたくなった)