ここ阿波で見られる動物の神では、お松大権現の猫神さん、金長神社の狸、それからお稲荷さんの狐などがあり、写真にも撮って何度かブログでも取り上げた。じゃあ、猿はどうだろうか?去年の7月ごろ伊予街道沿いの庚申塔を撮影して回ったことがあった。庚申講や庚申の信仰についてはここでは詳しく述べることは避けるが、江戸時代から盛んに路傍に建てられてきた。この「庚申」という言葉であるが60ある干支の一つで「申」は猿を意味する。そういうこともあってか鴨島の上浦にある庚申塔は左のように猿の浮彫がされていた。これを猿神と呼んでいいのか、多分、猿神とはいえないと思う。というのも庚申塔はこのような浮彫の石塔は珍しく、ほとんどは青面金剛というお不動さんに似た神像が彫られている。こちらが御神体であるようだ。ということは猿はお飾りのようなものだろう。
完全な猿神さまはインドにいらっしゃる。「ハヌマーン神」である。ラーマーヤナという神話に出てくる神様で誠実、忠義で、弱きを助け強きをくじく、大変頼りになり、今でもみんなに慕われ信仰されている神様である。
インドのハヌマーン神を見てみよう。左のインド絵画のタッチで描かれているハヌマーン神は猿と言いながらハンサムで、ムキムキの筋肉マッチョではあるが怖い感じは全くなく、むしろかかわいい。右の立体像のハヌマーンも力強い正義の味方風である。インド庶民信仰の人気者であることも頷ける。
このハヌマーン神が西遊記に出てくる「孫悟空」のモデルと知ったのは最近のことである。なるほど玄奘三蔵は仏法を求めてインドに旅したから、仏典とともにハヌマーン神の神話も中国までついてきたのかもしれない。
西遊記では孫悟空は三蔵法師と仏法の守護者として登場しているがそういえば日本のおとぎ話「桃太郎」にも忠義なお供の猿が登場する。これもルーツを辿れば中国の孫悟空を通してインドのハヌマーン神にたどり着くのかもしれない。
でも日本、特にこの阿波ではハヌマーン神のようなあからさまの猿神は見たことがない。しかし昨日、自転車で南佐古の山すそにある道をふらふら通っているとこんな石造神を見つけた。
「お、これは、ハヌマーン神か?」
眉山山系の山すそに天正寺という寺がある。その入り口付近にこの猿の石仏は鎮座している。
なんという猿の神様なのだろう。石造には何も彫っていないので寺へ行けば何かこの猿神の手掛かりがあるかもと考え参道の石段を上がってみる。境内に登り下を見るとかなり眺めのいいところである。
まず本堂に参拝させていただく。本堂の横には猿の石造が左右にある。手を合わせ上を見ると額がかかっていて山号が記してある。その名を「庚申山」、横には本尊名と真言(咒言)が書かれていてる。ご本尊さんは「青面金剛」、庚申信仰の神様だ。なるほどそれで猿(申)の石仏か。
この信仰、中国の道教の考えが基礎になっている。それなのに仏教寺院の御本尊ってありなのかなぁ、とおもうが庚申信仰の御本尊は「青面金剛明王」となる。分類上は不動明王と同じ明王である。明王ならば寺の御本尊でも不思議ではない。
この天正寺宗派は真言宗となっている。真言宗の中心的な仏さまは「大日如来」であるが真言密教には大日如来はさまざまな菩薩や明王に姿を変えて衆生救済のため世界に現れるという考えがあるから、根本仏の大日如来が青面金剛明王に姿を変え、真言宗の寺の本尊になっていてもなんら違和感はない。
境内の隅には檻があり覗くとお猿さんがいた。神獣として飼っているのだろうか?
やはり庚申信仰からきているお猿の石仏だった。日本も多神教世界であるからインドと同じように猿神様がいても不思議ではない。参道の入り口でみた猿の石仏は特に固有の名前のある猿神ではないが、これに手を合わせて祈る人もいるだろうから猿神さんであるといっていいだろう。
ところで猿は朝鮮半島にはいないという話を聞くと意外な感じがする。朝鮮半島ばかりでなく黄河流域の華北地方も猿はいない。サル分布の世界地図を見てみる。
中東なんかは結構暑いから猿がいてもいいのだがと思うがここにはいないのである。妙に一神教地域には猿はいない。多神教世界の日本とインドには猿がいる。
インドでは野生の猿は神聖視されている。日本ではどうか、一部の神域では神の使いと崇められるといったが一般的にはそこまで神聖視はしない。しかし古くより、猟師は山のいろいろな獣を捕殺しても猿だけはそのような対象としなかった。神聖視というよりは、猿は人間に似ている動物界の霊長であるとして、猿殺しは人殺しに次ぐ禁忌すべきもの嫌悪すべきものと見ていたのだろう。今でも害を与えた熊や鹿などは猟銃で殺したりするが猿は殺されたりしない。(過ちで撃ったとしても猿殺しを猟師は極度に嫌がる)
インドの猿神ハヌマーンをみて日本人が何となく親しみを感じるのは日本の野山には野生の猿がいて屈託なくのさばっているからかもしれない。
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