小松島駅からほど近いところに「地蔵寺」がある。平安時代作の地蔵菩薩が本尊である。広い境内ではないがさまざまな伽藍が立ち並び、そのいくつかは重要文化財に指定されていて名刹の雰囲気をたたえている。
その多宝塔の下にこのような浮彫の仏さまがいらっしゃる。一見してわかるが、よく見慣れた仏さまのお姿の範疇に入らない形をしている。尊称のお名前も彫られていないので「はて?いったいどうゆう仏様だろうか」とちょっと疑問を持たれる方もいるだろう(仏像に詳しい方は、智拳印をむすんでいらっしゃるので想像はつくと思うが)
実はこの仏さま、わが真言宗の本家本元の仏様、「大日如来」さまである。お姿が変わっているのは密教の発生地である南インドの大日如来様だからである。ずいぶんとイケメンである。日本の仏さまは見て「何歳くらいだろう?」とかの感想も持たないが、この仏さまは青年期ではないのか、と見える。贅肉のない細身の体も青年期のようである。表情も青年であるとみると、なんか青少年特有の憂いを含んだ顔をしている。
なおオリジナルのインドの大日如来さまは下のようなものです。
いま四国巡礼では、青年期の悩み・憂いをもってまわる若者が多いと聞く。このレリーフの仏像と同じような姿をした青年巡礼に出会ったとしても何ら違和感のないお姿をしている。それくらいリアルな仏さまの雰囲気である。
しかし現実に四国巡礼にいそうな若者が、ほとんど全裸に近い格好で、このように胡坐をかき、手に智拳印をむすんで座っているとしたらどうだろう。いや、それは不自然だ、こんな格好で境内や、まして街角で瞑想しているはずがない。と言われるかもしれない。確かに境内や街角でこんな格好で瞑想していることはまずないだろう。しかし、滝行(滝に打たれる修行)や水垢離ならば、このような全裸に近い恰好はあり得る。
その滝行や水垢離をして、水にしとどに濡れたこのような全裸の青年の姿を人が見たらどうだろう。宗教的な畏敬の念をもたらすかもしれないが、それ以上に肉感的な強烈インパクトを見る人に与えるのではないか。レリーフの仏像のお顔の分厚の唇なども性的魅力を醸し出している。インドにルーツをもつ大日如来様は(6~7世紀)肉感的で性的魅力にあふれているように私には思える。
これは大日如来様に限らない。やはりインドで、上記の大日如来のレリーフよりまだ数百年早い時期の「弥勒菩薩」さまは、なんと、こんなお姿をしている。いや~、すごい、どうしても股間に目が行ってしまいます。紗の薄物だから、モッコリ、形がそのまま浮き出てます。
0 件のコメント:
コメントを投稿