そして私がよく行く大滝山の滝口(滝の焼餅本舗のあるとこ)にもお不動さんが二体もある。下の写真の右にある石仏が不動明王であり左奥に見えているお堂には金銅製の不動明王が祀られている。年号を確かめたわけではないがおそらく石仏のほうが古いであろう。
左奥にある不動堂、右の崖が大滝山の滝になる。今の時期水量は少ないが一筋の滝が流れている。
石仏そしてこの不動堂のお不動さんのお参りしたあと、御本尊の(金銅製)不動明王さまを撮影させてもらった。
上を見るとわかるがお不動さんは火炎を背負い、頭の左に辮髪をたらし、右手に剣、左手には羂索を握っておられる。これらの姿がお不動さんのおしるしである。火炎を背景にして立つお不動さんはいかにも火生三昧の仏さんであることがわかる。去年の暮れからアッチャコッチャの不動のお寺、不動堂にいったがどこも護摩壇や境内に柴燈護摩のあとがあり、お不動さんといえば護摩の火、盛大に燃え上がる柴燈護摩のあとの火渡りなどをイメージするため、火ぃの仏さんや~、と思ってしまうが、直近に行った佐古不動谷のお不動さんも大滝山のお不動さんもどちらも滝を祀るような形でお不動さんが鎮座していた。
火ばかりではなく滝、水、その関連から水神、そして水・雨水をつかさどる龍王そしてその眷属ともいえる蛇ともお不動さんは関係がありそうである。
そういえば直近ではないが二か月前、入田の建治寺へ行った時のブログの写真をもう一度見返してみたら建治の滝のそばには「不動堂」があった。こちらも滝の不動である。
滝といえば宗教的な修行の一つに「滝行」がある。滝行は宗教的な修行の一つとして神仏習合の修験道でよく用いられる。建治寺の滝行もここ四国では有名だ。
近畿地方ではポピュラーな滝行の地に神戸龍樹院の滝がある。この滝の堕ちている岸壁には大きな文字で「大聖不動明王」と刻んである。ここでも不動と滝は密接な関係にある。
また関東の方では人気がある滝行場の一つに八王子高尾山の薬王院にある。ここで滝行を行う人を見てみると梵字とご神体のお名前が記された木の板を持っていて滝行を行っている。口を開いて発しているのはおそらく真言であろうか。
上の木札の種子をよく見るとこれは「カンマーン」不動明王の種子である。(不動さんにはカーンの種子もあるが)これもお不動さんと滝との密接なかかわりを示唆している。
ただ滝行に出てくる守り本尊のお不動さんは仏教色より神道色の勝った修験道の本尊としての性質を強く感じる。密教と修験道で同一のお不動さんとしていいのだろうか。結論から言えば同じお不動さんといってよい、咒言も真言も種子も同じである。また修験道の柴燈護摩の時の最初に山伏問答というのがある。それによると、御本尊は何や?と聞かれ
「総じては金胎両部(金剛界、胎蔵)曼荼羅、別しては不動明王である・・・云々」とあるから密教(仏教)でいう不動尊が本尊となっているのである。
しかし修験道の柴燈護摩、滝行で不動明王は重要な守り本尊ではあるが、いろいろな修験道の修法の本尊を見ていると不動明王の基本的性質を受け継ぎつつ、それとよく似た仏像(明王)であったり、あるいはまったく新しく仏像(権現)を作り、それを本尊としている場合もある。それらの場合でも不動明王の性質は変わらず有していると信じられている(つまり不動明王が教え諭す方便として仮に姿を変えて一見別の尊格をもって現れたとみるのであろう)
上記の高尾山薬王院の滝行青年の持っている木札の本尊(蛇瀧青龍大権現と読める)種子はカンマーンであり不動明王の種子と同一である。またこの高尾山薬王院の御本尊は「飯縄権現」である。下がこの飯縄権現のお札と御神像である。種子はカーン、これも不動明王の種子である。
火炎を背負い剣、羂索を持っているのは同じだがそのお姿はずいぶん違って奇妙である、カラス天狗のようにくちばしがあり羽が生えている。これは不動明王が基本であるお体に 迦楼羅(怪鳥の神様)、弁天様、聖天、荼枳尼天(だきにてん)が合体したいわば「キメラ」であるといわれている。そうではあるが大本の基本形は不動明王である。だから不動明王の咒言、真言をとなえ、種子で御本尊を表してもいいわけである。
密教はさまざまな外来の仏、インドの神や地元の神々などを取り入れて密教世界を作っているが密教と強く結びついた修験道ではその上にいくつかの仏や神を合体して曼荼羅にはないまったく新しい尊格を作ることもあるのである。こうゆうのワイ好っきゃ~わ。