2026年1月17日土曜日

昭和の価格が残っている嬉しいお店(施設)

 

 今日、大衆食堂で昼飯を食べて、午後二時前、まだ明るいうちに銭湯に入ってくつろいだ。その合計に使った銭が〆て700円、信じられまっか?


 中洲町にある某大衆食堂でおかず+ごはん+味噌汁の定食が400円、味噌汁は具たっぷり、おかずは並んでいる皿から一品を選ぶ。今日私は焼き鮭を選んだ。内訳はおかず一皿200円、味噌汁100円、ごはん(小)が100円で全部で400円となる。私としては満腹で満足感のある昼定食だった。

 この店、去年、知人から聞いて知った。何度かここでお昼を食べている。安さが魅力だが、それだけでなく、どのおかずも手作り感あふれる一品である。若い客はから揚げとかフライものが人気だが、ワイのような高齢者の好きそうな、すき焼き風の野菜の煮つけ、肉じゃが、葉野菜の白和えのようなものもあり、選択の幅は10種類以上ある。

 もう55年以上も前だが、ワイが学生の時、よく通った「定食屋」の雰囲気を、この令和の時代にも残している大衆食堂がこの店である。雰囲気だけでなく、嬉しいことにその定食の価格も昭和時代と変わらない。


 そして午後から銭湯へ行った。入湯料は300円、今、県下の銭湯の共通の入湯料は450円であるが、ここはそのような横並びの価格設定ではなく、唯一、300円を保っている。300円と言えば昭和の末期の銭湯の値段であろうか。

 300円ではあるが、安かろう悪かろう感はなく、清潔感のある銭湯である。普通の湯船以外にもジェットバスが3種類もあり、狭いが露天風呂、サウナ室もある。みんなコンパクトであるが、譲り合い、次々とそれぞれの場所を回れば、楽しめて、湯めぐりの満足を味わえる。脱衣場の壁に大きく『コンビニ銭湯』と書かれたボードがかかっている。なるほど!このコンパクト感がコンビニ銭湯といわれるいわれかと納得する。また、「コンビニ銭湯」とは「コンビニべんとう(弁当)」ならぬ「コンビニせんとう」のもじり、ダジャレか、とほほえましくもある。

 おいしい昼飯を食べ、お風呂でくっつぉいで、700円、遠くなりつつある昭和時代の価格がこの徳島の一部にはまだ残っていました。

2026年1月10日土曜日

今年初めての投稿です。今年も読んでくださってありがとうございます


  小ンまい時の年末を思い出して、大晦日、ちょっとぶらついてみました。

 明治生まれのバアチャンが、ションガツ用の魚などをここで買ってきていたことを思いだし令和七年末の『中洲市場』をぶらついてみた。昭和30年代と比べると、お店の規模も、買い物の人出も、比較にならぬほどしょぼくなってしまった。それでもいつもよりは多い客が買い物をしていた。


 事情があってワイは祖父母に育てられたが、冬休みは(大晦日前か、あるいは新年を迎えてか、その年々によって違ったが)神戸に住んでいた父親の元に祖母に連れられて毎年行ったものである。当時(昭和30年代)神戸行の交通手段は、小松島港まで汽車で行き、そこから阿摂航路の客船に乗って神戸・中突堤へ着く方法であった。ワイらは大抵、深夜便に乗船し、早朝神戸港に着く時間帯であった。船底の三等船室で貸し毛布にくるまって寝ているうちに着くのである。よく乗った船便の名前も憶えている。「あきつ丸」である。そして東野 英治郎似のおじいちゃんが船長さんだったことを覚えている。その人は丁寧な船長さんで、出航前に三等船室まで下りてきて毎回挨拶されていたこともあわせて覚えている。

 そんな年末年始、ばぁちゃんに連れられて乗った阿摂航路出航の思い出の地をぶらついてみた。汽車の終着となる小松島港駅も路線自体が40年以上前に廃線となり、今は駅舎もない。(神戸・大阪行の)阿摂航路も今はない。駅舎のすぐよこにあった阿摂航路出航の岸壁のみがこのように残っている。往時、京阪神へ行く人でにぎわったことが嘘のような静けさ、淋しさである。


 そして新年!元日はあまり動かず、寝ションガツ状態、2日はむっくり起き上がり、友人の車で初詣、ホンマは氏神さんへお参りするのが本筋なんじゃろけんど、最近は、そんなのにかかわらず、有名な神社、賑わう神社へ、皆は行く。そこでワイらも

 「どこ、いこか、大麻はん?箸蔵はん?津の峰?うぅ~~ん、どこでもかんまんけど、できたら、眺めがよ~て、すいとる神社がええんちゃぁうで~ぇ」

 ちゅうこつで、行ったのが小松島・日の峰神社、たしかに人少なで眺めがよかった。

 

 小松島港が俯瞰できる


 そして今日は早くも1月10日おいべっさん(恵比須神社の祭礼日)じゃ、毎年のよ~に徳島市内通り町のえびす神社にお参りし、そのブログを投稿しているので、今年は、変わってJR撫養駅の正面に位置する鳴門のおいべっさんに行ってお参りしてきました。福笹も用意されており、本殿では太鼓を打ち鳴らし、巫女さんの舞い付きの御祈祷もあげられ、参拝客も、三々五々、古い福笹などをもって来てお参りしていました。出店も、三軒びゃぁ出ていました。福豆を配っていたので一個もらってきました。福があるといいな。